<荒井幸博のシネマつれづれ> クロッシング

2010年6月25日
「脱北」と家族愛がテーマ

 北朝鮮の炭鉱で働くヨンスは妻ヨンハと11歳の息子ジュニと3人で貧しいながらも愛に満ちた暮らしを送っていた。

貧困から中国へ

 だが家族を襲う貧困は覆いがたく、ヨンハは第2子を妊娠しているにもかかわらず自分の食事をジュニに与える毎日で、挙句に肺結核で倒れてしまう。風邪薬の入手も困難な北朝鮮で結核の薬を求めるのは不可能。
 ヨンスは妻の命を救うため決死の覚悟で国境を越え、命からがら中国にたどり着く。薬の購入代金を貯めるため森林伐採の仕事に励むヨンスだったが、中国の公安警察から不当労働を見とがめられ、爪に火をともすように貯めた金をすべて没収されて一文無しになってしまう。

<荒井幸博のシネマつれづれ> クロッシング

情報提供の誘い  
 
 それでも脱北者だと知れると強制送還されてしまうため、ひっそり身を隠すしかない。そんな折り、韓国で北朝鮮の実情を話せば報奨金をもらえるという話が舞い込み、以前のように家族水入らずの暮らしに戻りたい一心のヨンスは飛びつく。
 北朝鮮ではヨンハは淋しく息を引き取り、韓国に情報を売った売国奴の息子の烙印を張られたジュニの居場所はなくなっていた。

1人で旅立つ息子  
 
 ジュニは父の元へ行くしか道はないと決意し、そこから幼気(いたいけ)な少年の過酷な1人旅が始まる——。
 病気の母と自分を置いたまま帰ってこない父を恨んでも当然なのに、ジュニの父への尊敬、信頼の念は少しも揺らぐことがない。父に会いたい一心で強制収容所での過酷な労働にも耐え、旅を乗り越えていくジュニの健気さにぼうだする。
 
完成に4年の歳月  

 キム・テギュン監督が実際の脱北者100人以上に取材を重ね、スタッフやキャストにも脱北者を約30人加えて4年越しで完成させた渾身の力作だ。


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荒井幸博(あらい・ゆきひろ)

1957年、山形市生まれ。シネマ・パーソナリティーとして数多くの地元メディアで活躍、映画ファンのすそ野拡大に奮闘中。