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悲運の提督/「判官びいき」の系譜

「判官びいき」の系譜/吉良上野介:第6回

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なぜ刃傷に及んだのか

 浅野内匠頭が吉良上野介に刃傷(にんじょう)に及んだ理由は当時から現在に至るまで諸説紛々(しょせつふんぷん)だが、主なものを紹介すると、上野介の横恋慕(よこれんぼ)説、製塩を巡る確執説、突然の乱心説、逆ギレ説といったところである。

 まず横恋慕説。上野介が内匠頭の妻・阿久里(あぐり)に言い寄るも振られたため、浅野につらく当たったことが原因というものだが、これは絶対にあり得ない。そもそもこの当時、親族でもない武士が他の大名の奥方の姿を見る機会はまずない。

 ではなぜこんな説が広がったかというと、この事件を南北朝時代に移して脚色した演劇「仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」がそういう設定になっているからだ。

 仮名手本では上野介を高師直(こうの もろのう)、内匠頭を塩冶判官(えんや はんがん)に置き換え、師直による判官の妻・顔世御前への横恋慕が描かれる。

 仮名手本自体は非常に良くできた作品で、あまりにも世間で人気があったため、現実にはあり得ない説が一人歩きしてしまったのであろう。

 次に第3回でも紹介した製塩を巡る確執説。内匠頭の領国である赤穂は良質な塩の産地として知られていた。上野介の領地・吉良でも製塩が盛んで、より質の高い塩をつくるため内匠頭にノウハウを尋ねたところ、門外不出の秘伝だとしてけんもほろろに断わられた。

 そのため上野介が内匠頭を邪険に扱い、恨みを買うことになった、という説である。ちなみに森村誠一の小説「吉良忠臣蔵」はこの説を伏線として組み立てられている。

 上野介が塩田開発に着手したことは事実で、経済活動が盛んになった元禄時代は各藩が特産品の開発を競っていた。それらを考えるといかにもありそうで、興味深い話になる。ただ具体的な証拠は一切ないのである。

 もし吉良側から赤穂側にノウハウを問い合わせるならトップ同士の立ち話ですむはずはなく、実務担当の役人同士のやり取りが残っているはずだが、存在しない。

 突然の乱心説は証明が難しい。そこで私は浅野の逆ギレ説を支持する。上野介が内匠頭につらく当たったのは事実だろうが、それは、それなりの理由があったからだと考える。そのことについては次回説明しよう。

山大学術研究院教授

山本 陽史(やまもと はるふみ)

和歌山市出身。山大学術研究院教授、東大生産技術研究所リサーチ・フェロー、日本世間学会代表幹事。専攻は日本文学・文化論。著書に「山東京伝」「江戸見立本の研究」「東北から見える日本」「なせば成る! 探究学習」など多数。米沢市在住。

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