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セピア色の風景帖

《セピア色の風景帖》第169回 楯岡の切通し(村山市)

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 村山市楯岡の市街地に切通しが唐突に現れる。
 藩政期、周囲には愛宕山が屹立(きつりつ)していた。羽州街道が開かれても、愛宕山は参勤交代の大名行列や旅人の行く手を阻む難所だった。
 明治11~12年に開削工事を敢行し、切通しを誕生させたのは初代県令の三島通庸である。

《セピア色の風景帖》第169回 楯岡の切通し(村山市)

 切通しの西の岩山に鎮座する愛宕神社の登り口では、大きな岩塊を抱えるように成長したケヤキの木が迎えてくれる。
 樹齢二百年超の大ケヤキは決して肥沃(ひよく)とは思われない環境で今も成長を続けている。開削者の名前をとって「三島けやき」と呼ばれているようだ。
 街道を挟んで切通しの東側にある八坂神社にも数々の石造物が遺されている。中でも「石灯篭(いしどうろう)」は開削後に三島が画家の高橋由一に描かせた記録画にも姿を見せている。石灯篭はそのままだが、当時の街道沿いの旅籠や遊女屋などの建造物は記録画の図版の中にのみ姿を残している。

 街道はその後に国道13号として整備され、バイパスができるまでは東京―青森間の主要道だった。今では交通量は減っているが、三島の大ケヤキは悠悠と旧羽州街道を見下ろしている。(F)

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