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悲運の提督/「判官びいき」の系譜

源 義経:第7回

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歌舞伎「義経千本桜」

 江戸時代の歌舞伎では、源平とは関わりのない演目でも上演中に唐突に「現れ出でたる義経公」という語りとともに義経がなぜか登場し、何をするわけでもなく舞台を横切って「さしたる用もなかりせば」と、観衆の拍手喝采のうちに去っていくことがしょっちゅうあったという。
 この話は義経の大衆的人気を示すエピソードとして演劇界で語り継がれている。語りが固定化されている人形浄瑠璃(じょうるり)と異なり、生身の役者が演じる歌舞伎ではけっこう自由にアドリブを入れられるので、実際にあったのだろう。

「判官びいき」の系譜/源 義経:第7回

 義経物の演劇の代表作「義経千本桜」は18世紀半ば、人形浄瑠璃の総本山だった大坂の竹本座で初演された。空前の大当たりとなり、すぐに歌舞伎でも上演され、今日に至るまで演じ続けられている人気作である。今月の国立劇場で尾上菊之助が狐役で上演中である。
 題名の「千本桜」は桜の名所である吉野山中を義経や静御前らが放浪したことを踏まえる。ただ義経の活躍場面は少なく、義経を取り巻く人々が重要な役回りを務める。静の逃避行や、平家の3人の武将、知盛(とももり)・維盛(これもり)・教経(のりつね)が平家滅亡後も生きていて、それぞれが義経を狙う場面など多くの見どころがある。

 中でも「狐忠信(きつねただのぶ)」と呼ばれる設定が印象深い。吉野山中で義経と静は別々に行動することとなり、義経は後白河法皇から義経に授かった「初音(はつね)の鼓(つづみ)」を静に与える。
 すると義経の家臣佐藤忠信がどこからともなく現れて静の供をする。この忠信、実は忠信に化けた子狐で、初音の鼓の皮にされた狐夫婦の遺児だったのである。
 親を慕い、その鼓を持つ静を忠信の姿になって守るのだった。
 今なにかと世間を騒がせている香川照之の父、先代の市川猿之助の当たり役はこの忠信狐で、伝統的な演出を一変させ、宙乗りで演じて人気を博した。私も20年以上前に東京の歌舞伎座で見て大いに楽しんだ。今でもその場面を思い浮かべることができる。

 本物の忠信は屋島合戦で兄継信(つぐのぶ)を討った教経を倒し仇を討つ。
 米沢とのゆかりが強い佐藤兄弟の知名度は、この作品の人気とともに不動となったのである。

山大学術研究院教授

山本 陽史(やまもと はるふみ)

和歌山市出身。山大学術研究院教授、東大生産技術研究所リサーチ・フェロー、日本世間学会代表幹事。専攻は日本文学・文化論。著書に「山東京伝」「江戸見立本の研究」「東北から見える日本」「なせば成る! 探究学習」など多数。米沢市在住。

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