編集長インタビュー

堀江 龍弘(ほりえ・りゅうこう) 1984年(昭和59年)飯豊町生まれ。長井高から新潟大工学部建設学科に進み、卒業後、積水ハウスへ。3年後の2010年退社、木造住宅を手掛ける実家のホリエに入社、翌11年、自社ブランド住宅「シエルホームデザイン」を立ち上げる。14年に一級建築士の免許を取得、同年専務。本業の傍ら17年グロービス経営大学院を卒業してMBA(経営学修士)取得。19年社長。今年4月、新入社員3人がパラグライダーで空を飛ぶ入社式を南陽スカイパークで行い話題を呼んだ。36歳。
2021年5月14日
細川 博之(ほそかわ・ひろゆき) 1971年(昭和45年)山形市生まれ。日大山形高から日大法学部を経て、農業資材を取り扱う福農産業(兵庫県三木市)へ。2年後の94年に帰郷、実家の農業資材の製造卸・花楯産業に専務として入社。2017年社長就任。花楯産業はグループに包装資材卸の山形パック(山形市)、中華料理店の東龍花(同五十鈴)を抱える。51歳。
2021年4月23日
花園 朋一(はなぞの・ともいち) 1953年(昭和28年)山形市七日町生まれ。山形商高から専修大商学部に進み、4年時にはフローリスト専門学校の夜間クラスにも通う。76年に専修大と専門学校を卒業後、生花店大手の花弘(東京)を経て79年に実家の生花店ハナゾノへ。父親で先代社長の克之介氏の急逝に伴い83年、30歳で社長就任。これまでの間、山形生花商組合理事、旭銀座のれん会専務理事なども務めた。フラワー装飾技能士1級の資格を持つ。67歳。
2021年4月9日
中村 祥之(なかむら・よしゆき) 1973年(昭和48年)、13年(大正2年)から続く老舗食品卸・マルナカ中村商店の創業家長男として生まれる。山大附属小・中学校、山形東高から横浜市大商学部に進み、卒業後、首都圏の食品関係企業を経て2001年から家業へ。05年常務、13年専務を経て14年社長就任。県小麦粉卸商組合会長、山形市蔵王倫理法人会副会長、山大附属中同窓会幹事長なども務める。48歳。
2021年3月26日
斯波 郁子(しば・いくこ) 1959年(昭和34年)、化粧合板を製造する徳正合板(山形市)創業者の徳正国雄氏の長女として山形市で生まれる。山形北高から専門学校に進み、市内の印刷会社で1年間OLを務めた後、21歳で東京在住の斯波久一郎氏と結婚、2人の男の子に恵まれる。95年に一家4人で山形に帰郷、義父母が蔵王温泉で経営するレンタルスキー店「しばスキー」へ。96年から専務、併設する軽食喫茶「しばママのお店」の店長も務める。スノーボードで平昌五輪にも出場した斯波正樹選手は次男。61歳。
2021年3月12日
佐藤 博之(さとう・ひろゆき) 1965年(昭和40年)東京生まれ。81年に寒河江市出身の父親が北日本白衣を起業するに際し家族で山形市に転居、市立6小、6中、山形商を経て横浜商科大へ。大学時代はバンド活動にのめり込み、3年時に中退。アルバイトをしながらプロデビューを目指すも3年で挫折、帰郷して家業に入り、2011年から社長。これまでに山形青年会議所副理事長(02年)、山形大花火大会実行委員長(04年)などを務めたほか、現在は山形市PTA連合会と山形県PTA連合会の会長も務める。56歳。
2021年2月26日
尾崎 良(おざき・りょう) 1977年(昭和52年)尾花沢市生まれ。地元中学から山形学院高に進み、卒業後、天童市や尾花沢市の工務店で大工として働く。24歳の時に独立、26歳の2003年、尾花沢市で仲間2人と大工工事を手掛ける「大達」を創業。その後に建築工事にも手を広げ、業務拡大に伴い10年に山形市銅町に山形営業所を開設した。15年に山形市桧町に本社を移転、自身も山形市に移り住む。44歳。
2021年2月12日
齋藤 晴紀(さいとう・はるき) 1984年(昭和59年)酒田市生まれ。酒田南校を卒業後、上京してアパレル関係の広告代理店を起業。2015年に帰郷、JR鶴岡駅前に「ラーメン風林火山鶴岡本店」を開業。以後、風林火山酒田店(16年)、中華そば雲ノ糸鶴岡本店(17年7月)、雲ノ糸酒田店(17年12月)、雲ノ糸鶴岡弐店(18年)と次々に出店、20年12月には山形市に雲ノ糸あかねケ丘店をオープンさせた。36歳。
2021年1月22日
山崎恵子(やまざき・けいこ) 1929年(昭和4年)旧新庄町(現在の新庄市)生まれ。町立実科高等女学校(現在の県立新庄南高)3年時に学徒動員で首都圏の軍需工場へ。終戦間際に帰郷、父親が経営していた山形市の製材工場、県庁勤務を経て54年、当時、東芝家電販売所の所長を務めていた山崎静五郎氏と結婚。翌55年、現在の山形七日町二郵便局の西隣に電器店「銀座堂」、73年に現在地で「喫茶 白十字」を開業。静五郎さんが亡くなる19年前まで2店を切り盛りし、亡くなってからは白十字だけの経営に専念している。91歳。
2021年1月8日
石川 康夫(いしかわ・やすお) 1954年(昭和29年)山辺町生まれ。千葉商科大商経学部卒業後、首都圏の自動車部品販売会社を経て、81年に山形三菱自動車、ホテルキャッスルを中核とする「八千代グループ」のタクシー部門だった八千代交通(山形市)へ。総務・経理畑を歩み、課長、部長、常務、専務を経て2006年から社長。翌07年のグループ崩壊後、同社の全株式を取得してオーナーに。13年から県ハイヤー協会会長を務める。66歳。
2020年12月25日
伊藤 美智一(いとう・みちかず) 1970年(昭和45年)生まれ。金井小、金井中から寒河江工高に進むも1年時に中退。飲食店などのアルバイトを経て18歳から鳶職になり、20歳の90年に鳶職を集めた伊藤工業を設立。その後、住宅リフォームへの進出を目指し2005年にMYスタイルを創業、10年に株式会社化する。リフォームを中心に8月からは新築住宅建設も手がけるようになり、3カ月で7棟を受注して業界を驚かせた。この11日に50歳に。
2020年12月11日
石山孝次郎(いしやま・こうじろう) 1952年(昭和27年)山形市高瀬地区生まれ。実家は製炭業で、男7人兄弟の5番目。中学3年の時に父親と死別、卒業後に地元の建具店に弟子入りし、6年後の74年に独立。一般住宅などの建具を手がけるかたわら、松島の瑞巌寺や京都の西本願寺などの補修工事にも携わる。卓抜した技能から2000年に全国建具展示会で内閣総理大臣賞に輝き、05年に「現代の名工」にも選ばれた。13年に黄綬褒章受章。18年から全国伝統建具技術保存会理事長を務める。68歳。
2020年11月27日
鈴木 重幸(すずき・しげゆき) 1960年(昭和35年)山形市生まれ。日大山形高から日大生産工学部に進み、工作機械製造の日立精機、ミシン販売のベビーロックに勤務後、28歳で帰郷し実家の鈴木製作所へ。常務、専務を経て2009年から社長。県倫理法人会の研修委員会委員長なども務める。60歳。
2020年11月13日
橋本 恵美子(はしもと・えみこ) 1971年(昭和46年)、明治創業の老舗牛肉店「金澤屋牛肉店」の3代目社長・鈴木正彦氏の長女として山形市で生まれる。山形北高から仙台市の専門学校に進み、卒業後、仙台のホテルへ。5年後に帰郷、結婚、出産を経て家業を手伝うことに。母親の悦子さんが2008年に亡くなった後は、1歳下の妹さんと2人で店を切り盛りしている。49歳。
2020年10月23日
永澤 孝(ながさわ・たかし) 1949年(昭和24年)村山市生まれ。山形南高から明大政経学部に進み、卒業後の72年山形県庁職員に。商工労働部。県立新庄病院事務局次長、県立日本海病院事務局長などを歴任し2010年3月に県庁を退職、同年4月から15年3月まで県社会福祉協議会常務理事・事務局長を務めた。19年5月から現職。71歳。
2020年10月9日
前田 直之(まえた・なおゆき) 1972年(昭和47年)酒田市生まれ。酒田東高から東大経済学部に進み、卒業後、生活用品国内最大手の花王(東京)に就職。営業職を2年務め99年に帰郷、祖父が29年に創業したコンクリート製品製造の前田製管(酒田市)へ。経営企画室長、常務を経て入社4年目の2003年から社長。県コンクリート製品工業協組理事長、東北コンクリート製品協会会長なども兼任。酒田商工会議所青年部会長、日本商工会議所青年部日本創生委員会(政策提言系)委員長も務めた。9月25日で48歳に。
2020年9月25日
井上 周士(いのうえ・しゅうじ) 1973年(昭和48年)山形市生まれ。日大山形高から中央学院大経済学部に進み、卒業後、大宮総合食品地方卸売市場の荷受会社・大宮中央青果市場へ。3年後の99年に帰郷して家業の民設市場・丸勘山形青果市場入社。2007年専務、20年4月社長就任。13年に山形青年会議所理事長も務めた。47歳。
2020年9月11日
笹林 陽子(ささばやし・ようこ) 1966年(昭和41年)、1911年(明治44年)から続く山形市の老舗仏具店「長門屋」の創業家長女として生まれる。山形北高から青山学院女子短期大に進み、卒業後に日本鉱業(現在のENEOS)入社。24歳の時、同じ会社に勤める笹林修氏と結婚。2女に恵まれ、東京都内と北海道で専業主婦生活を送っていたが、家業を継ぐため2002年に一家4人で山形に戻り、2015年から社長を務める。54歳。
2020年8月28日
會津 圭一郎(あいづ・けいいちろう) 1964年(昭和39年)、45年に誕生した電気設備会社・東北電化工業の創業家長男として山形市で生まれる。日大山形高から日大生産工学部に進み、東京の土木コンサルタント会社を経て94年に東北電化へ。仙台営業所長、常務、専務を経て2006年から社長。県電業協会会長、県電気工事工業組合理事長、日本電設工業協会常任理事なども務める。55歳。
2020年8月14日
阿部 菜々実(あべ・ななみ) 2002年(平成14年)山形市生まれ。3歳から仙台市の芸能事務所に所属してアイドル活動を始め、小学6年で仙台を中心に活動するガールズユニット「パクスプエラ」のメンバーとしてメジャーデビュー。中学3年の時にテレビ朝日系列のオーディション番組「ラストアイドル」に挑戦者として出場して勝利し、以後、同名グルーブ39人のセンターとして活躍中。母方の実家は山形市の有名和菓子屋。今年からネッツトヨタ山形とサンコー食品のCMにも起用されている。市内在住、18歳。
2020年7月24日
塚田 莊一郎(つかだ・そういちろう) 1964年(昭和39年)東京で生まれ千葉県船橋市で育つ。船橋東高から専修大経営学部に進み、91年に同大卒業後、不動産会社、包装容器メーカーを経て94年に日東ベスト入社。神町工場長、取締役生産本部副部長、常務営業本部長などを経て18年専務、20年6月26日に社長就任。55歳。日東ベストは冷凍食品の製造を柱に年間売上高は県内5位の500億円超を誇る。
2020年7月10日
鈴木 徹郎(すずき・てつろう) 1965年(昭和40年)米沢市生まれ。米沢興譲館高から駒大法学部に進み、卒業後に広告代理業のウィネット(東京)へ。91年に帰郷して祖父が42年に創業に参画した山形丸魚入社、執行役員、常務、専務を経て2020年5月29日に社長就任。子ども3人は独立し、母、妻と山形市の自宅で3人暮らし。趣味はゴルフと料理。54歳。
2020年6月26日
森下 洋次郎(もりした・ようじろう) 1977年(昭和52年)奈良県生駒市生まれ。地元小学校を卒業後、鹿児島市で寮生活を送りながらラサール中・高で学ぶ。慶大商学部に進み、卒業後の2000年に会計事務所世界最大手のプライスウォーターハウスクーパース(PwC、本部ロンドン)へ。06年に独立しIT企業のバズー(東京)を設立して社長に。17年6月にランドリージロー(沖縄市)を創業、同社を2020年にフトン巻きのジロー(同)に改組して代表取締役会長就任。立命館大客員教授も務める。42歳。
2020年6月12日
大場 友和(おおば・ともかず) 1976年(昭和51年)上山市生まれ。日大山形高では野球部に所属、3年時は補欠ながら夏の甲子園出場を果たす。北東北大学野球連盟で最多の優勝回数を誇る青森大に進学するも2年時の97年、帰郷して父の一夫氏が創業に参画した住宅建設のクリエイト礼文(山形市)入社。建築、営業、首都圏企業への出向、常務、専務を経て4月に代表取締役CEO(最高経営責任者)に。44歳。
2020年5月22日
吉田美智子(よしだ・みちこ) 1953年(昭和28年)栃木県塩谷町生まれ。地元の専門学校を卒業後、美容室勤務などを経てミシン製造のシンガー日鋼(宇都宮市、2000年に解散)へ。生産ラインで働いている時に、同社に研修に来ていた吉田ミシン商会創業者の長男・正人氏と知り合い結婚、84年に山形へ。現在は義父母、正人氏、自身の4人で家業を切り盛りしている。66歳。
2020年5月8日
伊藤 聖(いとう・すぐる) 1982年(昭和57年)秋田市に生まれ、秋田高校から新潟大工学部に進む。在学中に蔵王温泉のおおみや旅館グループ総帥・伊藤八右衛門氏の長女で同大経済学部に在籍していた同じ年の好美さんと知り合い、卒業後に結婚。その後に上京して税理士資格を取得、各種サービス業で実務を経験して2008年におおみや旅館グループへ。17年専務、20年2月1日に社長就任。38歳。
2020年4月24日
森兼 啓太(もりかね・けいた) 1965年(昭和40年)神戸市生まれ。灘高から東大医学部に進み、卒業後、同付属病院や関連病院で外科医として勤務。2003年に国立感染症研究所に移り感染管理の専門に転じ、米疾病制御予防センター客員研究員などを経て09年に山大医学部付属病院検査・感染制御部副部長、10年から同部部長。09年に新型インフルエンザが世界的に流行した際は当時の舛添要一厚労大臣の私的アドバイザーとして対策行動計画の策定にも携わった。日本環境感染学会評議員、日本外科感染症学会理事も務める。55歳。
2020年4月10日
菅原 茂秋(すがわら・しげあき) 1970年東根市生まれ。地元中学卒業後、パイロットを目指し神奈川県横須賀市の陸上自衛隊少年工科学校(現・高等工科学校)、千葉市の同高射学校を経て陸上自衛隊入隊。4年後Uターン、自動車部品メーカーに7年勤めた後、2000年にティスコ運輸設立。現在までに保有トラック100台、従業員140人、営業エリアは県内を中心に東北から関東までを収める物流会社に成長させた。昨年1月に大型物流センターを稼働、3月から臨時休校の児童に社員食堂で「100円ランチ」の提供を始めたことでも話題を呼んだ。49歳。
2020年3月27日
金田 史生(かねだ・ふみお) 1967年(昭和42年)山形市生まれ。山形商業高卒業後、食肉大手の丸大食品(大阪府高槻市)入社。福島県でルートセールスの営業に携わり、「全国トップレベルの成績を挙げていた」(本人の弁)が、旅行好きが高じて2002年に同社退社、旅行代理業の山形E旅を創業。新規参入の壁に阻まれ悪戦苦闘を続けた後、巻き返しを狙って15年に5000万円を投じて東北初のプレミアムバス1台を導入、同バスを使った旅行商品に社運をかける。53歳。
2020年3月13日
笹原 史恵(ささはら・ふみえ) 1965年(昭和40年)米沢市生まれ。殖産銀行(現きらやか銀行)に勤める父親の転勤で長井市、新庄市、朝日町、山形市、山辺町、寒河江市などで少女時代を過ごし、山形北高へ。山大受験に失敗して殖産銀に就職し、10年務めた後、29歳の時に明治22年創業の老舗料亭「亀松閣」の跡取りだった笹原智美氏と結婚。女将として、料理長で後に社長になる智美氏と夫唱婦随で亀松閣を切り盛り。2017年4月に智美氏は急逝、以後、社長を継いでいる。54歳。
2020年2月28日