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セピア色の風景帖

《セピア色の風景帖》 第三十七回 桃の湯

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 かつて大手町と旅篭町を分けていたクランク道は緩やかなカーブに改修され、東側に残された古い建物の一群に折れた煙突がのぞく。ここに昭和四年創業の「桃の湯」があったことを知る人は少ない。

《セピア色の風景帖》 第三十七回 桃の湯

 番台に座っている主人は自らを二代目と称していた。入ってすぐの脱衣所の棚には、常連のものか浴用具の入った洗面器が並んでいた。籐製の脱衣籠は二十ほどだったろうか。
 浴室の内部は内壁、壁画、天井すべてが何度も改装を重ねているらしく、いずれも各時代の様式が混然としていた。壁画はさほど手の込んだものではないが、当時の他の銭湯より大きかった。浴槽は大きくはないものの深めで、肩までゆっくり浸れた記憶がある。
 これぞ桃の湯の象徴というべきものが浴室照明で、桃の形状の電球カバーが付いていた。初代主人が意識して選んだものか、たまたま採用されたものかについては二代目は知らないとのことだった。ちなみに桃の湯という名称の由来も先代からは特に聞かされていなかったという。
 
 公衆浴場への市の補助が平成十八年で打ち切られ、ほぼ同時期に進行した燃料高が八十年も続いたこの歴史ある銭湯に引導を渡した。昭和の景色がまたひとつ消えていった。  (F)

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