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旧長崎屋天童店 解体/天童温泉の発祥「冨士の湯」業態転換

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 2002年から空きビルになっていた天童市鎌田の旧長崎屋ビルが7月までに解体され、約6600平方メートルの跡地は宅地利用される見通しになった。

旧長崎屋天童店 解体/天童温泉の発祥「冨士の湯」業態転換

旧長崎屋天童店 解体

 もともと同ビルは06年に倒産した不動産業の千恵企画(天童市)が所有していたが、建設業の小野建設(山形市)が2 月末に千恵企画の債権者らから所有権を取得、2〜3カ月中に分譲計画の詳細を詰めるとしている。
 長崎屋天童店は1980年まで山形市七日町で営業していた長崎屋山形中央店が前身。
 当時の七日町では大沼、丸久松坂屋、ジャスコ、緑屋などの大型店間の競争が激しく、これを嫌った長崎屋が七日町から撤退、同年に新天地を天童に求めた経緯がある。
 大型店がなかった当時の天童で売り上げは順調に拡大し、ピーク時の89年には43億円を計上したが、その後は郊外に続々と誕生する大型商業施設に客足を奪われる展開が続いていた。長崎屋が2000年に会社更生法の適用を申請したこともあり、02年に22年の歴史に幕を下ろした。
 6年間の空きビル状態が解消されることに対し天童市では「市の中心部にある土地が利活用されるのは歓迎」としている。


旧長崎屋天童店 解体/天童温泉の発祥「冨士の湯」業態転換

天童温泉の発祥「冨士の湯」業態転換

 天童温泉発祥の旅館「ホテル冨士の湯」が秋に高齢者専用賃貸住宅に生まれかわることになった。すでに施設の改修工事に入っており、1階でパワーリハビリデイサービスを提供、2〜3階は月額賃料46,000−80,000円の40部屋を備える予定。運営は小野建設の子会社ショーエー・アドバンスがあたる。
 天童温泉の歴史を記した「独鈷(どっこ)の湯煙」によれば、同温泉の開湯は明治44年で、最初に掘り当てたのは「冨士の湯」の前身の「藤の湯」とされる。「藤の湯」を皮切りに一年間で26本の源泉が採掘され、その後、東北有数の温泉地を形成するようになった。
 「藤の湯」は「冨士乃湯」「冨士の湯」と変遷を経ながら天童温泉の発展を担ったが、バブル崩壊後は客足も減少。先行きの見通しが立たないことから業態転換を図ることにしたという。
 小野建設グループの佐藤満社長は「源泉かけ流しの温泉が利用できる点をアピールしていきたい」と意欲をみせている。

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