山形コミュニティ新聞WEB版

編集長インタビュー

シンガーソングライター 加藤 登紀子さん

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加藤 登紀子(かとう・ときこ) 1943年(昭和18年)旧満州ハルビン市生まれ。2歳の時に実家が京都に引き揚げ、中学1年で東京に転居。駒場高から東大文学部に進み、在学中の65年に歌手デビュー、66年、2枚目のシングル「赤い風船」で日本レコード大賞新人賞受賞。その後「ひとり寝の子守唄」「知床旅情」「百万本のバラ」などのヒットを飛ばす。72年、学生運動指導者で今は亡き藤本敏夫氏と獄中結婚して話題を呼んだ。今年4月にベストアルバム「TOKIKO’S HISTORY」を発売し、自伝「運命の歌のジグソーパズル」を上梓した。6月3日、山形市のシベールアリーナでコンサート「花はどこへ行った」を開く。

今年はいろんな節目の年
  運命の曲を山形で歌います

――「おときさん」にとって2018年は感慨深い年だと。   

感慨深い1968年

 「大学を卒業し歌手活動を本格化したのが50年前の1968年。東大紛争が激化した年で、私も座り込み、これがきっかけで夫とも知り合った。あれから半世紀。私にとっては節目の年です」
 「海外に目を向けても、今年はパリ・コミューン(注・民衆が樹立した世界初の社会主義政権)から約150年目。アニメ映画『紅の豚』で私が声優を演じたヒロインが歌う『さくらんぼの実る頃』は、パリ・コミューンを象徴する歌です」

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