《セピア色の風景帖》 第六十八回 印鑑堂

2014年2月28日
 社会人になって間もないころ、実印が必要になったので市販の印鑑ではなく注文で作ってもらおうと鉄砲町の印鑑堂を訪ねた。店内は薄暗く、それがまた店内に並べられた印材と相まって厳かな雰囲気を醸し出していた。
《セピア色の風景帖》 第六十八回 印鑑堂

 店主と話をし、希望の印材は石ではなく柘植の木にした。重厚感にはやや欠けるが、安価で落としても割れないことが長所であった。その後かなりの年月が経ったが、印章は欠けることなく現在でもくっきりとした印影を映し出している。
      
 今では印鑑は通信販売やネットで手軽に買えるようになり、専門店に足を運ぶ人はめっきり少なくなったようだ。
 印鑑そのものが重視されない時代になり、サインや電子決済で間に合わせることも珍しくなくなった。住所印などもワープロやパソコンを使えば印鑑なしで用がたせる。畢竟(ひっきょう)、専門店の経営は苦しくならざるを得ないであろう。
     
 年賀状に使っている住所印が古くなったため新調しようと思い立ち、昨年末のとある日、鉄砲町に足を運んだ。しかし、昔あった印鑑堂の姿はそこにはなくなっていた。(F)