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セピア色の風景帖

《セピア色の風景帖》 第二十回 スズラン街

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 通称スズラン街は大手町商店街というのが正式名称だが、大半の人は通称で呼んでいる。かつて設置されていた街灯が鈴蘭型であったことがその名の由来だという。

《セピア色の風景帖》 第二十回 スズラン街

 駅前大通りは十字屋、ダイエー(現在はヤマザワ)ができるまで小売店舗は少なく、運送会社や旅行会社、旅館、専売公社の工場などが目立つ程度だったが、スズラン街には早くから小売店舗が立ち並び、アーケードがかけられるほどの殷賑(いんしん)ぶりだった。
 七夕などの催しの時期には交通に支障をきたすほど過剰な街路装飾が施されていたらしいが、さすがに交通量が飛躍的に増加した昭和40年代以降はそういうわけにもいかず、装飾は次第におとなしくなった。

《セピア色の風景帖》 第二十回 スズラン街

 近年までは吉田カメラとカメラのトラヤが通りを挟んで向かい合い、市内のカメラ好きが集う通りでもあった。デジタルカメラが普及するまでは道を渡って両店の品を見比べる客の姿や、プリントの仕上がりはどちらが良いかなどの談義に花が咲いた。
 昭和50年代のスーパーカーブームの前後には子どもたちの間でトミカやマッチボックスなどのミニカー集めが流行した。十字屋、シバタモデルホビープラザの玩具店に加え、船山書店が型の古いマッチボックスを店頭に並べていたため子どもたちがこの通りを行き来することも多かった。 (F)

《セピア色の風景帖》 第二十回 スズラン街

 

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