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セピア色の風景帖

《セピア色の風景帖》 第五十五回 花小路

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 夜ともなるとアーチ型のネオンに赤い灯がともり、レトロな雰囲気をいっぱいに漂わせる山形市七日町の飲食街「花小路」。その来歴を知る人も今では少なくなってしまったのではないか。

《セピア色の風景帖》 第五十五回 花小路

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 花小路が誕生したのは明治44年の「市北大火」がきっかけ。建物を全焼した料亭の千歳館が大正4年に当時は桑畑だった現在の地に再建、あわせて周辺に小料理屋、芸者置屋などを誘致したことに始まる。
 昭和に入ると東北1の花柳界の里として殷賑を極めるようになる。200軒を超す飲食店、置屋、芸妓を呼んで遊興する待合などのほか、ガラス張りの温室植物園や9ホールのパターゴルフ場までがあったというから当時としては最先端を行く繁華街だったのだろう。
 周辺には県庁などの官公庁が軒を連ね、今の霞城公園には連隊もあったので、政治家、役人、軍人が頻繁に足を運んだという。映画が大衆の娯楽になると人通りの多い花小路周辺に映画館が乱立し、庶民にも親しまれる一大レジャー地区となっていった。

《セピア色の風景帖》 第五十五回 花小路

 だが戦後、花柳界が下火になるとともに花小路の勢いも失われ、昭和50年に県庁が松波に移転すると衰退に拍車がかかった。客足は遠のき、飲食店も一軒、また一軒と姿を消していった。今も営業を続けているのは約90軒と聞く。

《セピア色の風景帖》 第五十五回 花小路

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 だが花小路が今も漂わせるレトロ感に郷愁を覚える人はいまだに多い。かつてのにぎわいを取り戻そうと地元の花小路振興会も様々な取り組みに挑戦中とか。再開発をという人もいるだろうが、あえて昭和の残り香を楽しめるスポットにするのもいいのではないか。 (F)

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