山形コミュニティ新聞WEB版

セピア色の風景帖

《セピア色の風景帖》 第八十九回 鈴木靴店

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 幼稚園に通っていたころ、友だちの実家が靴屋を生業(なりわい)にしていた。
 既製の靴を店頭に並べるだけの今風の靴店ではなく、薄暗い仕事場からコツコツという音が響いていた記憶がある。
 原料の皮を叩き、靴を一足づつ丁寧(ていねい)に仕上げていたのだろう。

 子ども心に「いつか大人になったらこういう靴を履くようになるのか」と漠然と思ったものだ。
 だが実際に歳を重ねていくとそんな思いは忘却の彼方に消え去り、チラシで目にした大量生産の靴を適当に履いて間に合わせるようになってる自分がいた。

《セピア色の風景帖》 第八十九回 鈴木靴店

 そんなある時、十日町通りで「鈴木靴店」の看板を目にし、「こういうところで作られた靴を履く」という当時の思いがにわかに蘇ってきた。
 それでも店に足を踏み入れるには敷居が高く、「もっと稼げるようになってから」「もう少し相応しい歳になってから」などと理由を付け、店内に入ることを先延ばしにしていた。

 オーダーメイドの靴などいくらかかるかわからないという思いが二の足を踏ませたのである。
 それからも通りがかるたびにガラス越しに店内を覗くだけで、思い切って店内に入る機会を逃し続けて幾星霜(いくせいそう)を重ねた。

 不惑(ふわく)の歳を過ぎ、ようやくそろそろかなと思うようになった時、店の扉に廃業閉店の知らせが貼ってあった。 (F)

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