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日大山形、甲子園4強!!われらかく戦えり

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 第95回全国高校野球選手権記念大会で県勢初の4強入りを果たした日大山形。監督就任11年目で県の野球史を塗り替えた荒木準也監督に甲子園での熱戦を振り返ってもらった。(聞き手は本紙編集人・吉村哲郎)

日大山形、甲子園4強!!われらかく戦えり

――今年の夏の甲子園大会にはどんな気持ちで臨まれました?

6年ぶりの甲子園

 「まず6年ぶりの甲子園じゃないですか。その舞台に立てる喜びを選手に感じて欲しかった。全国3957校の中の49校。1%の確率です」
 「甲子園というところは潜在能力を引き出してくれる半面、本来の力が出せなくて一瞬で終わってしまうところ。それが分かっているのでモチベーションの保ち方や戦う前の姿勢なんかはシビアに考えましたね」
――ボクは日大山形の予選での戦いぶりとかを全く知らなくて、山形代表が最初に当たる日大三高が優勝候補と聞いて連想したのが東海大山形対PL戦(苦笑)※1

日大山形、甲子園4強!!われらかく戦えり

避けたかった日大三高

 「正直いって日大三高は当たりたくない相手のベスト3に入れてました(笑)。でも前日ミーティングでは『全国、特に山形のほぼ全員が俺たちが負けると思ってるだろう。勝てると思ってるのは俺たちとお前らの両親だけだ。だから一泡ふかせてやろうじゃないか』と発破をかけました」
――後で知ったんですけど、春の練習試合で善戦してたんですね。
 「6対8で負けて力の差は感じましたが、両エースが完投、打線も12安打同士で互角でした。これなら戦えると正直、自信はありました。圧倒的不利という予想でしたが、戦う前から先入観で決めつけるのはやめてくれと言いたかった(笑)」
――結果は7対1の大勝。選手のはつらつとした戦いぶりが印象的で、横綱相撲のようでした。

日大山形、甲子園4強!!われらかく戦えり

初戦突破「目標優勝」

 「選手はベスト4を目標に掲げていましたが、僕の目標は初戦突破でした。控え目? 違います。例えば今大会のナンバーワンピッチャーは桐光学園の松井(裕樹)君でしたが、そんな桐光学園をはじめ、どこと当たっても勝てるチームを目指してきました」
 「だから日大三高に勝ち、作新学院戦を控えた前日ミーティングで『明日勝ったら日本1を目指そう』と言いました」
――そんなに早い段階で!?どこかの新聞に明徳義塾戦前にそれを言われたと。
 「違います。作新戦の前です」
――で、日大三高に続き作新、明徳と全国制覇の経験がある強豪校を次々に下していって。一戦ごとに選手がたくましくなっていく。
 「選手たちが常に前向きに試合に臨めるように言葉をかけていました。練習も短時間に集中して密度を上げました」

感動呼んだ明徳戦

――やっぱり明徳戦がハラハラ、ドキドキで1番感動しました。
 「明徳は甲子園通算50勝ですからね」
――明徳の馬淵監督といえば松井を5打席連続敬遠して(苦笑)※2 
 「あの試合でも8回表に奥村(展征[のぶゆき])が敬遠されて。でも次の吉岡(佑晟[ゆうせい])に打席に立つ前に声をかけて、『こいつは絶対打つだろうな』と思いましたね」
――結果は右前適時打で1点リードしますが、直後の8回裏、2四球に死球を与えて1死満塁のピンチ。7年前のことが頭をよぎりませんでしたか?※3

日大山形、甲子園4強!!われらかく戦えり

7年前の早実戦

 「よぎりましたよ。あの時は本塁併殺を狙った。早実の斎藤君が凄い球を投げていて、同点にされたら1点とるのは不可能だと思った。勝つには2対1で逃げ切るしかない。だから内野手に前進守備を命じましたが、それが裏目に出た」
 「でも明徳戦は余裕があった。相手打線をみてもビッグイニングはつくられないだろうし、8回の逆転もあったので、仮に同点にされてもうちの打線なら追い越せると」
 「だから腹をくくり、中間守備を敷くよう伝令を出しました。あそこはバッテリーを信頼するしかない。7年前とは気持ちの差がありましたね」
――強豪の明徳を倒して県勢初のベスト4。山形の歴史を1歩前進させた試合になりました。
 「僕の中ではあそこで終わるつもりはなかったんですけど」

日大山形、甲子園4強!!われらかく戦えり

準決勝、初回で明暗

――次の前橋育英戦、意外にあっさり負けちゃいましたね。
 「ガス欠でしたね。体力的なものと、モチベーションを高めきれなかった。勝てない相手じゃなかったけど、初回の攻防がすべてでした。初回の1死満塁で先制していれば流れは変わっていたかもしれない」

(※1)1985年夏の甲子園大会で山形代表の東海大山形は初戦で大阪代表のPL学園と対戦。当時のPLは主砲清原和博、エース桑田真澄の最終学年で、結果は7対29という記録的大敗を喫した。あまりの屈辱に当時の県議会でも「どうしてこんなに弱いのか」が真剣に議論された。(※2)92年夏の甲子園大会の2回戦で馬淵史郎監督率いる高知代表の明徳義塾は石川代表の星稜と対戦。星稜の4番松井秀喜を5打席連続敬遠し、1度もバットを振らせなかった。明徳は勝利したが、馬淵監督がとったこの作戦は賛否両論を含め大きな社会問題になった。(※3)2006年夏の甲子園大会で荒木監督率いる日大山形は県勢初の8強入りを果たし、ベスト4進出をかけて準々決勝でエース斎藤佑樹を擁する西東京代表の早稲田実業と対戦。2対1の1点リードで迎えた8回裏、死球で1死満塁のピンチを招き、大量4点を奪われ2対5で逆転負けした。

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