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山形市の料亭「嘯月」 120余年の歴史に幕/3月末 利用客減少で

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 山形市十日町で明治から続く料亭「嘯月(しょうげつ)」が3月末で閉店する。華やかなりしころの花柳界を支え、平成に入っても往時の料亭文化の風情を伝えていた老舗だが、宴会の減少やデフレといった料亭を取り巻く全国的な逆風に抗えず、120年余りの歴史に幕を下ろす。跡地には高層マンションの建設計画が進んでいる。

山形市の料亭「嘯月」 120余年の歴史に幕/3月末 利用客減少で

 嘯月の創業は1895年(明治28年)で、名前の由来は京都・詩仙堂の「嘯月楼」から。明治から大正にかけ政財界人や文人墨客に親しまれ、昭和の高度成長期やバブル期は料亭を利用する接待客で活況を呈した。
 バブル崩壊後に全国の料亭が次々と姿を消す中、市内で存続する6料亭の主導的役割を果たしていたほか、市料理店組合長も務めた故・中山豊助前社長がやまがた舞子を育てる「山形伝統芸能振興」の設立に尽力するなど山形の料亭文化を支える存在だった。
 2001年に土地区画整理事業の道路拡張区域の対象になり、当時の建物や庭園を取り壊して2年後の03年に鉄筋コンクリート2階建ての現在の店舗になり営業を再開した経緯がある。
 閉店について中山文人社長は「料亭文化が衰退する中で、現状の営業を続けていくことは難しいとかねて思っていた、悩んだが、やめるなら体力が残っているうちにと決断した」と話す。
 営業は3月末までで、その後に土地と建物はマンションデベロッパーのタカラレーベン(東京)に売却する。タカラは5月以降に建物を取り壊し、跡地に高層マンションを建設する予定。
 市内で存続していた6料亭のうち、七日町で1873年(明治6年)に創業した「のゝ村」は一昨年6月末で閉店しており、嘯月の閉店で残るのは四山楼(七日町)、千歳館(同)、亀松閣(薬師町)、あげつま(緑町)の4店になる。

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