しばスキー(山形市)専務 斯波 郁子さん

2021年3月12日
斯波 郁子(しば・いくこ) 1959年(昭和34年)、化粧合板を製造する徳正合板(山形市)創業者の徳正国雄氏の長女として山形市で生まれる。山形北高から専門学校に進み、市内の印刷会社で1年間OLを務めた後、21歳で東京在住の斯波久一郎氏と結婚、2人の男の子に恵まれる。95年に一家4人で山形に帰郷、義父母が蔵王温泉で経営するレンタルスキー店「しばスキー」へ。96年から専務、併設する軽食喫茶「しばママのお店」の店長も務める。スノーボードで平昌五輪にも出場した斯波正樹選手は次男。61歳。
しばスキー(山形市)専務 斯波 郁子さん

客足は新型コロナで遠のくも
  苦しい時こそ笑顔を忘れずに

――実家があの徳正合板さんとは!

実は高貴の出?

 「実家は創業した父の没後は弟が継いでます。おかげさまで技術力で高い評価をいただいていて、やまぎん県民ホールの壁にも徳正合板の化粧板が使われてます」
――ご主人の実家も山形の礎を築いた斯波兼頼公につながる家系で!
 「家系図を見ると祖先は清和天皇、兼頼公の子孫が最上義光公(笑)」
――結婚後はしばらく東京暮らし?

帰郷に備えた東京生活

 「主人の当時の勤務先が警視庁だったので。ただ長男なので、いずれは戻らなきゃなんだろうと。その時は義父母の介護が必要なはずで、それに備えてヘルパーの資格を取ったりして」
 「家業のレンタルスキーも、それだけではやっていけないはずだから、飲食店の併設を想定して調理師免許も。経営には必須だと思ってパソコン教室にも通ってました」
――2人の子育てをしながら?
 「根が負けず嫌いなんでしょうね、やるからにはとことんやらないと気が済まない(苦笑)。ただそのせいで2人は『カギっ子』で育ちました」
――頑張るお母さんの背中を見て、2人とも立派に成長したじゃないですか。
 「次男の正樹は地元の方々の支援にも支えられ、次の北京冬期五輪は開催が危ぶまれているものの、そこまでは現役を続けると言ってます。きらやか銀行さんに就職した長男も、責任ある仕事を任されてるようで」

賑わい復活に奮闘

――前後するけど、95年に満を持して(?)蔵王温泉に来て。
 「義父が病で倒れて。でも孫の顔を見たらすっかり元気を取り戻したんですけどね(笑)。その後、私たち夫婦に経営が移管して今に至ると。会社的にはスキーレンタル『しばスキー』と、軽食喫茶『しばママのお店』の2足のワラジですね」
――温泉街を盛り上げる活動も。
 「蔵王が元気を失っていくのが忍びなくて、2005年から県内外のバンドの協力を仰いで近くの広場で『夕焼けライブ』を開催してます。去年はコロナで断念したけど、これまでに100回以上はやったかなあ」
――15年には市から「もてなしの達人大賞」にも選ばれて。
 「授賞式では『厳しい時こそ笑顔を』と挨拶させていただきました」

息子たちに期待

 「この先ですか?正樹が店の顔になり、長男が元銀行マンのスキルを活かして経営全般をみてくれればいいかなと」
――正樹クンはともかく、お兄ちゃんは頭取になるかもよ(苦笑)