《セピア色の風景帖》 第六十一回 かみのやま競馬場 その1

2013年5月24日
 上山市が運営する「かみのやま競馬場」は最盛期の1990年代初頭には年間300億円近い売り上げを計上していた。市ではその豊富な資金をつぎ込み、次々とハコ物を建設していった。
《セピア色の風景帖》 第六十一回 かみのやま競馬場 その1

 だが「栄枯必衰」「盛者必滅」の教えのように、10年後の2000年代初頭には売り上げは3分の1から5分の1にまで落ち込み、市にとって「打ち出の小槌」だった同競馬場は一転してお荷物になっていった。

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 賞金のカット、出走手当ての削減などで何とか苦境を乗り切ろうとしたが、そこは厩務員(きゅうむいん)、調教師、騎手、馬主など総計1000名を越える大所帯。基本的に売上増が見込めない中での小改革では焼け石に水の状態であった。
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 最終的に廃止が決まったのは2003年だったが、当時の上山市は山形市との合併構想が浮上、赤字を垂れ流す同競馬場の早急な処理を迫られていた。「赤字が3億円を超えた時点でシーズン途中でも廃止」というペナルティにも似た関門を設け、廃止への線路を敷いたのだった。(F)