<荒井幸博のシネマつれづれ>スープとイデオロギー

2022年7月22日
南北の狭間で生きた母の人生

 自身の家族をテーマにした作品を撮り続けている在日コリアン2世のヤンヨンヒ監督が、韓国現代史上最大のタブーとされる「済州島四・三事件」を体験した母を主役に撮りあげたドキュメンタリー。

<荒井幸博のシネマつれづれ>スープとイデオロギー

 母は、北朝鮮系の在日組織で幹部を務めた亡き父を活動家として支えた。韓国政府を徹底的に否定し、「帰国事業」という名のもとに地上の楽園とされた北朝鮮へ息子3人を送り出した。 
 監督は、両親のルーツが朝鮮半島最南端の済州島にあるにも関わらず、なぜ「北」を支持するのかが分からないでいた。監督は兄たちを北へ送り出した母を問い詰め、借金をしてまで北に送金していたことを責める。
 そして80代後半にさしかかった母は、ポツリポツリと若かりしころの体験を語り始める。

 大阪で生まれ育った母は終戦間際に済州島に渡る。そして終戦後の1948年、18歳の時に韓国の軍事政権が反共を掲げ3万人もの島民を虐殺した済州島四・三事件に遭遇する。肉親や婚約者を殺され、命からがら日本に戻ってきた母は「南」を赦すことが出来ず、北を信奉してきたのだった。

 監督は50歳を過ぎてから12歳下の日本人男性と結婚した。「日本人とアメリカ人とは結婚するな」と事あるごとに言っていた両親。その母に恐る恐る初めて夫を引き合わせると、母は手の込んだ鶏のスープでもてなす歓待ぶり。
 美味しそうに味わう夫、それを目を細めながら見つめる母。監督は民族衣装姿で撮影した結婚写真を母に見せ、夫とともに母を70年ぶりに済州島に連れて行くことを決意するのだった――。

 済州島の70%の村が焼き尽くされ、島の人口が数分の1に激減したとされる済州島四・三事件をくぐりぬけた母を通じ、これまでタブーだった朝鮮半島の歴史の暗部、在日コリアンの置かれた境遇、微笑ましい母娘愛、そして国籍を超越したパートナーシップが描かれる珠玉の作品。


<荒井幸博のシネマつれづれ>スープとイデオロギー
荒井幸博(あらい・ゆきひろ)

1957年、山形市生まれ。シネマパーソナリティーとして多くのメディアで活躍、映画ファンのすそ野拡大に奮闘中。現在FM山形で「荒井幸博のシネマアライヴ」(金曜19時)を担当。