徹底して山形に密着したフリーペーパー

山形座 瀧波(南陽市)社長 南 浩史さん

2022年4月22日
南 浩史(みなみ・ひろし) 創業100有余年の歴史を持つ赤湯温泉の老舗旅館「瀧波」創業家の末っ子として1963年(昭和38年)南陽市で生まれる。米沢興譲館高から東大に進み、在学中に国家公務員上級職試験に合格。90年同大卒業後に建設省(現国土交通省)へ。97年近畿地方建設局課長を最後に退官、前年に結婚した奥さんの実家が経営する大島造船所(長崎県西海市)に転籍、2009年社長就任。14年、経営破綻した実家の瀧波の社長に転じ、約5億円をかけた大規模改修や客単価の見直しなどで経営を軌道に乗せる。東京に自宅があるが、現在は旅館内で事実上の〝単身赴任〟。58歳。
山形座 瀧波(南陽市)社長 南  浩史さん

山形を愛する県民による
  山形のための旅館を目指す

――随分とユニークな経歴をお持ちで。

もとは政治家志望

 「もともと政治家になりたくて、そのためには官僚になるのが近道かなと。憧れてたのは田中角栄さんで、決断力、実行力、人間力に魅力を感じてました。お金の使い方はちょっとマズかったみたいだけど」
――で、地元進学校の米沢興譲館から東大に。
 「高校時代は応援団、大学ではボート部でした。建設省では英国留学を含め様々な経験をさせてもらいましたが、結婚を機に人生設計が変わってしまった(笑)」
――奥さんの実家が凄いんですね。

婿に入って実業界に

 「初代が1936年に大阪造船所(現ダイゾー)を創業し、〝日本の三大億万長者〟と称された南俊二で、妻の父は3代目の家長。それで結婚して婿養子に入った翌年に8年間勤めた建設省を辞めて、関連会社の大島造船所に行くことに」
 「常務、専務を経て2009年に社長になりました。印象に残っているのは06~07年にトヨタ自動車に出向し、〝カイゼン〟〝見える化〟など『トヨタ生産方式』を学べたことですね」
 「この出向経験が造船経営にも役に立ち、在籍した17年間で350億円だった売上高は1500億円に、14%前後だった自己資本比率も約50%になりました」

実家のピンチで帰郷

――そんなエリート、辣腕経営者がUターン!
 「実家の瀧波が14年4月に経営破綻し、12月に立て直しのために私が戻されたと。出向ではなく、不退転の決意で造船所は辞めてきました」
――瀧波さんには失礼かもだけど、なんだか、もったいないような…。
 「まず着手したのが旅行代理店のリベート削減。同時に利幅のとれる酒類の充実や、地元食材を使った料理メニューへの転換、原価改革にも大ナタを振るいました」
 「老朽化していた建物も大幅改装しました。妻の実家から5億円の援助を仰ぎ、それまでの古民家風から和モダンな雰囲気に変え、全客室に源泉かけ流しの露天風呂も」
 「1万5000円だった客単価を3万5000円に設定したのは賭けでしたが、18年に黒字転換。去年招へいしたミシュランの星付きシェフも腕を振るっています」

起業してしまいました

――再建が軌道に乗れば、奥さんの親族グループに戻るんでしょ?
 「それは白紙。というのもグループを離れて横浜で介護事業や米沢でそば店『たきなみ』も始めちゃったから(苦笑)。毎日が大忙しです」
――バイタリティーのある人だなあ。