徹底して山形に密着したフリーペーパー

ブラウブリッツ秋田 DF 加賀 健一選手

2022年1月28日
加賀 健一(かが・けんいち) 1983年(昭和58年)秋田県潟上市生まれ。10歳でサッカーを始め、秋田商業高を経て2002年にジュビロ磐田に入団。05年から2年間のコンサドーレ札幌へのレンタル移籍後に磐田に復帰、スピードと1対1の強さを武器にセンターバックでレギュラーとして定着。頸椎骨折などのケガに泣かされながらもFC東京、浦和レッズを経て17年にモンテディオ山形入団。同年7月、第24節湘南戦で相手GKの手元で鋭く落ちるミドルシュートを決め、公式戦6年ぶりの得点を記録した。20年ブラウブリッツ秋田移籍。奥さんと2人のお子さんを山形市に残し、秋田市で単身赴任生活を送る。38歳。
ブラウブリッツ秋田 DF 加賀 健一選手

今は山形市でリハビリの毎日
  必ず元気な姿をお見せします

――先週、山形徳洲会病院で偶然会ってビックリ!

家族は山形をエンジョイ

 「左のじん帯を痛めて昨年12月に大沼寧先生に手術してもらい、毎日リハビリに通ってます。モンテ時代は右のじん帯をやってしまって、その時も大沼先生にお世話になりました」
――秋田のチームは?
 「3月まで高知でキャンプを張ってます。自分はその間、山形市で療養に専念し、4月に秋田で合流する予定です」
――そういえば山形市でマイホームを建て、奥さんもお子さんも山形で暮らしてるんだもんね。
 「上の男の子が中1、下の女の子が小3。自分はこの先のことは分からないけど、転校させたくないので少なくとも下の子が高校を卒業するまでは山形にいさせようと」
 「特に上の子はモンテのジュニアユースにいて、できればトップチームで活躍して欲しい」
――そんなに山形を気に入ってくれて。
 「よく『将来は出身地の秋田で骨を埋めるんだろう』と言われますが、自分としてはそんなことは決めてなくて、家族も山形が気に入ってるし、彼らの気持ちを優先させたいですね」
――イケメンで人気のあった加賀選手からそんな言葉が聞けるとは。

時間の大切さを知る

 「昔からケガには泣かされてきましたが、そのことで逆に見えてきたものもあります。他人への思いやりもそうですが、何より時間の大切さを思い知った。若いころにもっとサッカーに集中していれば別の世界があったのかなと」
――遊んでたと(苦笑)
 「そんな反省があるから、今はサッカー以外のことは考えないようにしてます(笑)」

引退時期は自分で

 「まだまだやれる自信はあります。遠くない将来、引退の時が来ますが、引き際は自分で決めたい。クビになってもまだやれると思ったら違うカテゴリーを探すし、限界だと感じたら慰留されても辞めるつもりです」
 「引退後ですか?さっきも言ったように、先のことは考えず〝今〟に全集中してます(笑)」
――三浦知良選手とかどう思う?
 「カズさんは凄い。何度か対戦したことがありますが、今の自分の年齢でバリバリ現役でしたもん。得点もかなりあげてたんじゃないかな。今でもカズさんは別格。自分は試合に出ないことには話になりませんから」

引き続き応援を

――最後に、山形のファンにメッセージを。
 「ケガで4月10日の天童市での試合出場は難しそうですが、必ず元気な姿をお見せします。応援よろしくお願いします」