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《セピア色の風景帖》第157回 公衆便所

2021年11月12日
 今でこそコンビニやドラッグストアのおかげで出先のトイレに困ることはなくなったが、かつてはそういうわけにはいかなかった。デパートなど大きな施設には客用のトイレが設えられていたが、一般商店でトイレを利用するには店の奥の家族用を借りねばならない場合が多かった。
《セピア色の風景帖》第157回 公衆便所

 公衆便所は今でも公園などに設置してあるが、かつては街なかの要所に点在しており、それこそ用を足すのに重要な役割を担っていた。今は公衆トイレなどと言うが、汲み取り式が主だったころは「便所」と呼ばれ、臭い、汚い、けれども大切という存在であった。
 当時、備え付けの紙は基本的にはなく、常に自分でちり紙を持ち歩く必要があった。ポケットティシュなどは存在しなかった時代である。

《セピア色の風景帖》第157回 公衆便所

 山形市内の公衆便所第1号は、山形郵便局本局前にあった昭和25年建造のものだという。次いで十日町武田眼科前や旅篭町山形銀行本店裏などにも設置された。
 当時は適地がなければ路上に設置するというやり方だったため、当然道幅を狭めることになり、初期のものの大半は交通の障害になるとして撤去されてしまった。(F)