徹底して山形に密着したフリーペーパー

シバタモデル(山形市)社長 柴田 士朗さん

2021年5月28日
柴田 士朗(しばた・しろう) 1950年(昭和24年)山形市生まれ。日大山形高を卒業し、大阪市の模型問屋で2年間勤めた後、父親の冨太郎さん(故人)が50年に創業した模型小売店「シバタモデル」へ。常務を経て、2代目を継いだ長兄の一宇(かずいえ)さんの急逝に伴い2009年から3代目社長を務める。同店はプラモデルや鉄道模型などの豊富な品ぞろえで人気を博したが、後継者不在で5月31日で閉店、70有余年の歴史に幕を下ろす。71歳。
シバタモデル(山形市)社長 柴田 士朗さん

余力があるうちの閉店は幸せ
  長年のご愛顧に感謝致します

――発祥の店舗は旅篭町でしたよね。

最盛期は市内に4店

 「大石田出身の父が終戦で満州から引き揚げてきて、最初に店を出したのが旅篭町で、どら焼きで有名な榮玉堂さんの西隣り。道路拡幅で跡地はなくなっていますが…」
 「その後、当時はステーションデパートと呼ばれていたJR山形駅の駅ビル2階、あかねヶ丘にも出店、結果的に最後に残った駅前のこの店のオープンが71年です」
――この間、80年代の「ガンプラ」など、いろんなブームがあって。
 「60年代後半はグループサウンズ全盛期で、ドラムやエレキギターなどのプラモデルが飛ぶように売れた。70年代はスーパーカー、ガンプラの直前にはラジコンブームがありましたよね」
 「ひと昔前はお盆と正月が最大の書き入れ時でしたね。私どもも2つの商戦に合わせて品ぞろえを充実させ、実際、正月ともなるとお年玉袋を握りしめた小学生が列をなしていました」
――ボクもお年玉でプラモデル買ってました。

後継者不在で決断

 「それが昨今は少子化に加え、テレビゲームやスマホの時代でしょ。直近はコロナによる〝巣ごもり需要〟で皮肉にも売り上げは伸びていますが、こんなこと、いつまでも続くわけじゃない」
 「子どもは娘2人。1人は後を継ぐことも考えてくれたようですが、今は子育ての真っ最中。それを終えた時に店が置かれている状況を考えたら『頼む』とは言えなかった。後継者不在が閉店の理由で、古希(70歳)を迎える1年半前に決めていました」
――1月8日号で閉店を報じた弊社にも惜しむ声が続々と寄せられて。

惜しむ声が続々と

 「有難いことに、県内外から電話やメールをいただいたり、花やお菓子を持って来られる昔からのお客さんも。ファンがいたことを改めて痛感すると同時に、愛好者の憩いの場所を閉じてしまうことに申し訳ない気持ちもあります」
 「それでも、余力があるうちに閉店できてよかったのかな、とも。倒産とかって、関係者に迷惑かけるじゃないですか」
――最終日の5月31日、セレモニーとかは?

「ただ消え去るのみ」

 「特に考えてませんねえ。レジで個別にお礼を言うぐらいかなあ」
――正面にあった十字屋山形店が3年前に閉店した時みたいに。
 「シャッターが下りてきて、店長が最後のあいさつをするような?」
――そうそう。
 「嫌ですよ(苦笑)。でも涙もろいので『じわ~』ときちゃうかもしれないですね、ハハハ」