徹底して山形に密着したフリーペーパー

<荒井幸博のシネマつれづれ> 邦衛さんとの思い出

2021年4月9日
 3月24日に亡くなった田中邦衛さんとは、1998年に県内で催されたイベントでご一緒して以来、長きにわたって親しくお付き合いさせていただいた。
<荒井幸博のシネマつれづれ> 邦衛さんとの思い出

 邦衛さんは山形の風土や人情味あふれる県民性を気に入って下さり、毎年3~4回は山形に足を運んでくれた。
 図らずもボクと邦衛さんは誕生日が11月23日で同じ。息子ほど歳の離れたボクを邦衛さんは可愛がってくれ、県内各地の温泉を巡ったり、馬見ヶ崎で芋煮会を楽しんだり、桜満開の霞城公園でキャッチボールに興じたりしたのも忘れられない思い出だ。
 2007年7月には全国初の「田中邦衛映画祭」を米沢市で開催したが、県内や東北だけでなく、北海道や九州からもファンが詰めかけ、改めて邦衛さんの幅広い人気を痛感したものだ。
 邦衛さんとのトークショーは県内を中心に通算30回以上に及ぶ。元来、トークショーや講演はやらないことで知られていたが、ネットなどで山形でやっていることが広まって断り切れなくなり、県外では09年8月に邦衛さんの故郷・岐阜県土岐市隣りの多治見市で、同10月に邦衛さんゆかりの千葉県柏市の麗澤大学でのトークショーに出させていただいた。
 テレビ東京で放送された「いい旅・夢気分」でも、米沢から山形までの旅をご一緒させてもらった。番組側は邦衛さんの同行者は当初、故・地井武男さんか吉岡秀隆さんを考えていたそうだが、邦衛さんが「荒井さんじゃなきゃ出ない」と主張して下さり、無名のボクにお鉢がまわってきたのだった。
 その番組を観た役所広司さんや中原丈雄さんとはその後、親しくさせてもらうことになり、そのことからも邦衛さんには足を向けて寝られない。

 寛大で、温かみがあって、粋で、シャイで、接する人みんなを幸せな想いにしてくれて、誰からも愛された邦衛さん、大好きでした。本当にありがとうございました。
 そして、お疲れ様でした。ゆっくりとお休みください。
 山形の息子、荒井幸博。


<荒井幸博のシネマつれづれ> 邦衛さんとの思い出
荒井幸博(あらい・ゆきひろ)

1957年、山形市生まれ。シネマパーソナリティーとして多くのメディアで活躍、映画ファンのすそ野拡大に奮闘中。現在FM山形で「荒井幸博のシネマアライヴ」(木曜12時)を担当。