徹底して山形に密着したフリーペーパー

丸勘山形青果市場 社長 井上 周士さん

2020年9月11日
井上 周士(いのうえ・しゅうじ) 1973年(昭和48年)山形市生まれ。日大山形高から中央学院大経済学部に進み、卒業後、大宮総合食品地方卸売市場の荷受会社・大宮中央青果市場へ。3年後の99年に帰郷して家業の民設市場・丸勘山形青果市場入社。2007年専務、20年4月社長就任。13年に山形青年会議所理事長も務めた。47歳。
丸勘山形青果市場 社長 井上 周士さん

独自の青果流通システムを通じ
  目指すは「農業支援企業」です

――丸勘さんって民設市場なわけでしょ?

65年前に銅町で創業

 「1955年(昭和30年)に祖父の井上勘左エ門が山形市銅町で開業したのが始まりです。場所は今、大和団地があるあたり。十文字のここに移転したのは89年です」
――ちょっと北に行った漆山にも青果や鮮魚も扱う市場があるけど。
 「あちらは市公設地方卸売市場で、うちのような民設市場と違って文字通り公設市場。かつては国の認可を受けて市が開設する中央卸売市場でしたが、10年前に規制の緩い地方卸売市場に転換しています」
――でも売上高は民設の丸勘さんが公設を上回ってるんだね。
 「あちらがオープンした75年直後は、それは多大な影響を受けました。開業から20年、順風満帆だったうちの前に圧倒的な規模のライバルが現れたわけで、当時の社長で強気で知られた父が『もうダメかもしれない』と弱気を吐いたほど」
 「だけど市場外流通の拡大、中間マージンのカットといった時代の要請に対応、苦しさをバネに様々な取り組みに挑戦したことが今のうちの強みになってます」
――そのあたり、もう少し具体的に。

農家と強いつながり

 「青果物の市場流通の場合、生産者→市場の卸売会社→市場の仲卸業者→スーパー・小売店という流れですが、うちは生産者から直接仕入れ、それをスーパー・小売店に販売する。介在する業者が少ない分、マージンが削減でき、生産者も小売りも潤うわけですね」
 「目指しているのは『農業支援企業』。社員が農家を一軒一軒まわり、どうすれば有利な販売ができるか、どんな作物を植えれば利益があげられるかを一緒に考えるようにしています」

全国でも屈指の存在

 「農家とのつながりを大切にする一方、スーパー・小売り側が販売しやすいよう、袋詰めや箱詰めを行うパッケージセンターを備えているのもうちの特徴でしょうか」
 「ボクが入社した時の売上高は約40億円でしたが、昨年は137億円と過去最高。青果物卸売会社として県内では1位、全国でも16位です」

イメージも爽やかに

――敷地も広いこと!
 「約1万坪あります。広さだけじゃなく、休憩室をカフェ風にしたり、スポーツジムを設けたりと、〝やっちゃ場〟のイメージからの脱皮も目指してるんですよ(笑)」
――社長も若くて都会的なイケメンに変わって。
 「いえいえ」
――前社長の佐藤明彦会長は「いかにも」って感じだったけどね(苦笑)
 「……(苦笑)」