徹底して山形に密着したフリーペーパー

日東ベスト 社長 塚田 莊一郎さん

2020年7月10日
塚田 莊一郎(つかだ・そういちろう) 1964年(昭和39年)東京で生まれ千葉県船橋市で育つ。船橋東高から専修大経営学部に進み、91年に同大卒業後、不動産会社、包装容器メーカーを経て94年に日東ベスト入社。神町工場長、取締役生産本部副部長、常務営業本部長などを経て18年専務、20年6月26日に社長就任。55歳。日東ベストは冷凍食品の製造を柱に年間売上高は県内5位の500億円超を誇る。
日東ベスト 社長 塚田 莊一郎さん

食品販売の基本は対人販売
  コロナでその大切さを再認識

――デカいっすよね!

当時の社長から誘われ

 「身長185センチ、体重はここだけの話、100キロ超級です。営業の第一線や工場長をやっていた時代はもう少しスリムでしたが、管理職になると大半がデスクワークなので肥大化する一方で…(苦笑)」
――経歴を拝見すると、ずいぶん大学に滞留されていたような…。
 「やや長めにいましたかね(苦笑)。部活?一切やってません。やってたら少なくとも学校には行くじゃないですか、ハハハ」
 「何とか卒業し、最初に入社したマンション分譲会社はバブル崩壊で倒産。その後、現在は東証1部に上場している容器メーカーに勤めましたが、まあ、流れに身を任せるような社会人生活を送っていました」
――それから?
 「日東ベストの内田淳社長(現相談役)の娘さんと知り合いだった縁で、内田社長から『うちに来ないか』と誘われて。入社後は様々な部門を経験させていただき、社長就任は約1年前に打診を受けました」
――新型コロナで食品業界の中でも明暗が分かれているようですが。

コロナ、完全な逆風

 「弊社の場合は完全な逆風。主力の業務用冷凍食品は外食産業や学校給食向けの落ち込みで3月、4月、5月の売り上げは4割減という惨憺たる状況でした」
 「製造しても売り先がない、保管場所もないということで、国内10工場は何がしかの条件付きで操業をストップしました。こんなことは想定外で、会社始まって以来のことです」
 「ツラいのは面と向かって行う〝フェース・ツー・フェース〟の商談が行えないこと。取引先と向かい合い、商品を実際に食べてもらって取引につなげたり、改善点を聞いて新たな商品開発につなげたりということがわれわれの仕事には欠かせないことですから」

無力なテレワーク

 「新商品の重要な販促手段である展示会が開催できないという状況も痛い。社内的にテレワークやリモートは活用していますが、食品を売り込むという目的の前では無力なツールです」
――ふ~ん。
 「それでも緊急事態宣言が解除され、6月19日に県境をまたぐ移動が解禁になるなど、光明も見えてきた。逆風下でも新商品の開発などは絶やさず続けており、『日常』さえ戻ってくれば攻勢に転じられると」

ますます肥大化?

――ご家族を寒河江に残して船橋で単身赴任とか。
 「生産部門は本社が拠点で、掌握するのは前社長の大沼一彦会長、船橋が拠点の販売部門は私という役割分担ですから」
――どういう食生活を。
 「通常は取引先との会食が多いかな。今は自炊してますが、1人だと作りすぎちゃって…(苦笑)」
――ますます肥大化しそうですね(苦笑)