徹底して山形に密着したフリーペーパー

山形丸魚 社長 鈴木 徹郎さん

2020年6月26日
鈴木 徹郎(すずき・てつろう) 1965年(昭和40年)米沢市生まれ。米沢興譲館高から駒大法学部に進み、卒業後に広告代理業のウィネット(東京)へ。91年に帰郷して祖父が42年に創業に参画した山形丸魚入社、執行役員、常務、専務を経て2020年5月29日に社長就任。子ども3人は独立し、母、妻と山形市の自宅で3人暮らし。趣味はゴルフと料理。54歳。
山形丸魚 社長 鈴木 徹郎さん

不漁、コロナ禍のさなかの就任
  まさに身の引き締まる思いです

――丸魚さんって、大企業なのに意外と知られてないみたいで…(苦笑)

総合食品卸会社

 「当社は太平洋戦争が起きた翌年の1942年(昭和17年)、庄内を除く村山、置賜、最上の3地区で水産物を扱っていた個人商店10家が合同で設立した『山形県海産物配給統制組合』が前身。53年に株式会社・山形丸魚に改組して、今年で創立67年になります」
 「社名が示す通り、取り扱いの柱は水産物ですが、調味料や即席めん、飲料といった加工食品、総菜なども幅広く扱っている総合食品卸会社で、直近の年間売上高は213億円、従業員数は約200人です」
――そんな歴史ある大会社の社長に!
 「今年2月、急きょ山形商工会議所の会頭に就くことになった矢野秀弥社長(現会長)から『後を頼む』と言われ、『分かりました』と」

社内の第3世代

――創業一族の出身で、「いずれは」という思いはあったんでしょ?
 「確かに、当社には創業10家から社長を互選するという〝不文律〟みたいなものはあります。創業者らから数えて、社長適齢期のボクらは〝第3世代〟。社内に数人いる第3世代の中の誰かがなるとは思ってました」
――何か、お笑い界の第7世代みたい(苦笑)
 「でも10家はみんな仲がいいんですよ。足の引っ張り合いとか、派閥抗争とかってないし。いい意味で切磋琢磨してこれまでの歴史を積み上げてきました」

大変な時に

――いざ就任してみて。
 「大変な時に引き受けてしまったなと(苦笑)。2年前からイカ、カツオ、サンマといった主要な魚種が記録的な不漁続きで、水産物の不振を加工食品や総菜で補って何とかしのいできた。そこにコロナですから」
 「でも、コロナ禍で外出や旅行は減っても『食べる』という営みは欠かせないわけで、実際にスーパー向けの食材が伸びるなど明るい材料もあります。ピンチをチャンスととらえ、前向きに頑張ろうと」
 「目標ですか?数字的なものは別として、当社に関わるすべての人たちの幸福の実現に尽くしたい。端的に言えば、社会への貢献でしょうか」

魚を食べれば

――理路整然とされてるけど、理系?
 「バリバリ文系です」
――魚河岸関係の人に見えないよね。
 「よく金融関係の人っぽいって言われますね(笑)。あと生損保の人とか、お医者さんとか」 ――矢野さんもだけど、若く見えるなあ。
 「何ででしょうね、魚食べてるからかなあ」