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<荒井幸博のシネマつれづれ> 映画人のオアシス「丸八やたら漬」

2020年5月8日
香味庵クラブの思い出

 山形市旅篭町にある創業135年という老舗漬物店「丸八やたら漬」が5月末で廃業するというニュースには衝撃を受けた。敷地内にある「食事処 香味庵」は山形国際ドキュメンタリー映画祭で関係者が集まる交流の場として親しまれてきたからだ。

<荒井幸博のシネマつれづれ> 映画人のオアシス「丸八やたら漬」

 隔年開催の同映画祭と香味庵との関係が生まれたのは1993年。私は同映画祭に89年からボランティア参加していたが、当時は交流の場がなく、世界各国から集まる関係者は七日町にあったミスタードーナツにたむろするしかなかった。91年も同様だった。
 「せっかくなら山形の食や地酒を味わいながら交流できる場所が作れないものか」――そう思った私はまちづくり会議「山形ビューティフルコミッション」に相談、趣旨に賛同してくれた中心メンバーの土井忠夫さんが丸八さんと交渉してくれ、丸八さんに快諾していただいたという経緯がある。

 香味庵の通常営業が終わる午後10時からボランティアが運営する「香味庵クラブ」は、いわば同映画祭の〝夜の社交場〟だった。
 ワンコインで芋煮、漬物、でん六ミックスや地酒、ビールなどが味わえるとあって連日満員の大盛況で、集まった人たちは山形の美食を楽しみ、アルコールを堪能しながら映画の話に花をさかせていた。2階広間は床が抜け落ちるのを防ぐために入場制限をするほど。入り口付近は入りきれない人たちが立ちながら飲食する姿も。

 蔵を改造した香味庵には100年を超える歴史に裏打ちされた温もり、趣き、威厳があった。丸八さんのご厚意によって生れた香味庵クラブは素晴らしい交流の場だった。映画関係者の間でも「KOUMIAN」は世界の共通語になっていた。

 丸八さんの店舗や蔵は国の登録有形文化財で城下町・山形の象徴といっても過言ではない。閉店後は解体されるとのことだが、映画界とも密接に関わってきた貴重な建造物を何とか残してもらえないものだろうか。
 いろんな意味で、丸八やたら漬が姿を消してしまうのは何とも淋しい。


<荒井幸博のシネマつれづれ> 映画人のオアシス「丸八やたら漬」
荒井幸博(あらい・ゆきひろ)

1957年、山形市生まれ。シネマパーソナリティーとして多くのメディアで活躍、映画ファンのすそ野拡大に奮闘中。現在FM山形で「荒井幸博のシネマアライヴ」(木曜12時)を担当。