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<荒井幸博のシネマつれづれ> 三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実

2020年3月27日
言論があった時代の討論

 反ベトナム戦争や反安保条約などを掲げ燎原(りょうげん)の火のように広がった学生運動は1969年1月19日、全共闘が占拠していた安田講堂が機動隊の突入で陥落したことで鎮圧された。だが学生らの怒りは収まらず、同年5月13日、東大駒場キャンパスで作家・三島由紀夫と全共闘学生1000人の討論会が行われた。本作は、その討論会と関係者の証言で構成されたドキュメンタリー映画。

<荒井幸博のシネマつれづれ> 三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実

 当時の三島は作家としてはノーベル文学賞候補に挙がる世界的文豪だった。それだけにとどまらず、大ヒットした自作の舞台化やドラマ化にも参画、演出も手がけたほか、映画出演もこなす千両役者ぶり。
 同年発売された週刊誌「平凡パンチ」の“ダンディランキング”では三船敏郎、石原裕次郎、長嶋茂雄らを抑えてダントツの1位になるほどのスーパースターだった。

 そんな三島の政治信条は、日本の伝統や文化を重んじ、憲法改正を唱える「極右」ともとらえられがちで、「極左」の学生らは三島を論破しようと息巻くが、当時44歳の三島は息子のような世代の血気盛んで不遜な態度の学生に対し、丁寧な言葉で時には笑みを浮かべながら応じるのだった。
 現在は70代になる当時の学生、三島が組織した「楯の会」メンバー、そして現代の文学者、識者の証言を交えながら、当時TBSが記録していた討論会の模様が鮮明に映し出されていく。

 全共闘世代より10年下の私は、あらゆることで国に反発して暴発する彼らを冷めた目で見る“しらけ世代”だが、本作を観ると、衆を頼みながらも巨人・三島に堂々と立ち向かう学生たちと、それを上から目線ではなく丁寧な言葉で理解し合おうとする三島の双方に心打たれる。当時は言葉に力があったと感じる。
 翻(ひるがえ)って現代。SNSの中で些細なことを巡り匿名で誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)しあう若者たち、自分の言葉に責任を持たない政治家たち。
 討論の1年半後に割腹自殺した泉下(せんか)の三島の目には、今の日本はどう映るのだろう。


<荒井幸博のシネマつれづれ> 三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実
荒井幸博(あらい・ゆきひろ)

1957年、山形市生まれ。シネマパーソナリティーとして多くのメディアで活躍、映画ファンのすそ野拡大に奮闘中。現在FM山形で「荒井幸博のシネマアライヴ」(木曜12時)を担当。