徹底して山形に密着したフリーペーパー

東北萬国社 社長 中村 明子さん

2020年1月24日
中村 明子(なかむら・あきこ) 1968年(昭和43年)東北萬国社を創業した本郷富也・和枝夫婦の二女として山形市で生まれる。山形西高から学習院大経済学部経営学科に進み、卒業後に西武百貨店へ。93年に帰郷して東北萬国社に入り、96年に結婚して中村姓に。常務だった2005年、夫の転勤で東京に転居、いったんは退社するも14年、父親で当時会長の富也氏の死去後ほどなく復帰、18年に社長就任。51歳。
東北萬国社 社長 中村 明子さん

おかげさまで今年で創業60周年
  守りから攻めに 成長を軌道に

――今年で創業60周年を迎えられるとか。

七日町で創業

 「宮城県出身の両親が1960年に山形市七日町で創業しました。七日町周辺に軒を連ねる喫茶店にコーヒー豆を販売するようになったのが始まりで、その後に直営店の展開も。コーヒーは創業時から『自社焙煎』にこだわっています」
 「コーヒー事業と並ぶもう一つの柱がソフトクリーム事業。『つや姫入りソフト』『さくらんぼソフト』など地域の食材を使ったご当地ソフトの開発に力を入れていて、ソフトのシェアは東北ナンバーワンなんですよ」
――家業を継ぐことは決まってたんですか?

後継ぎは宿命と

 「2人姉妹の妹ですが、7歳上の姉は女性的、私は男性的。だから小さいころから両親、特に父は私を後継者にと考えていたようで、私も物心ついた時から」
――東京で就職、ほどなく帰郷して萬国社に。
 「父から呼び戻されて。東京での勤めは4年ほどでしたが、いざ実家に入ってみると大組織だった東京の会社とのギャップが大きくて(笑)」
 「ゼロから始めた両親はよくも悪くもトップダウン型。創業時はどこもそうでしょうが、時代が変わり、従業員も増えてくると、やり方も変えていく必要がある。そのあたりで両親と意見が対立することはありました」

市場拡大を追い風に

――それらを乗り越えて2年前から社長に!
 「60周年を迎えるのを機に、両親が築いた伝統を踏まえたうえで、新しい東北萬国社をつくりあげていくのが私の使命。両親のようなカリスマ性のない私が社員に言っているのは『一人の百歩より百人の一歩』だと」
 「追い風は高品質なスペシャルティコーヒーを中心とした市場の拡大です。東北5県に拠点を持つ強みを生かし、成長路線を軌道に乗せたい。米国製の最新焙煎機の導入や、営業職社員の80%にコーヒーインストラクターの資格を取得させたりと布石は打ってます」
――仙台支店も新築移転するとか。
 「老朽化して手狭になった仙台支店の刷新は長年の懸案でしたが、投資額が膨らむだけに母は逡巡(しゅんじゅん)していました。でも従来の〝守り〟の姿勢から〝攻め〟の姿勢に転じるためには必要な投資。最終的には私が決断、6月には完成の運びです」

社員も意識改革

――やる気がひしひしと伝わってくるような。
 「社員の目の色やスピード感が以前とは違ってきているのは感じます。母と比べて私が頼りないから、みんな何とかしなくちゃと思ってくれてるんでしょうね(笑)」