徹底して山形に密着したフリーペーパー

ビジュアル系演歌歌手 最上川 司さん

2019年12月27日
最上川 司(もがみがわ・つかさ) 河北町谷地出身。演歌好きだった父親の影響で3歳ごろから演歌を歌うようになり、地域のカラオケ大会にもたびたび出場。高校に入るとロックに目覚め、級友とバンドを組んでドラマーとして活躍。卒業後に上京し、2011年からビジュアル系ロックバンド「D’espairsRay」(現在は解散)、「THE MICRO HEAD 4N’S」のドラマーとして活躍する一方、15年にビジュアル系演歌歌手としてソロデビューを果たす。これまでに「まつぽいよ」(15年)、「ひとひらの桜」(16年)、「君の胸の中に」(16年)等をリリース。河北町の名物である冷たい肉そばのPR大使も務める。
ビジュアル系演歌歌手 最上川 司さん

ロックと演歌の二足のワラジ。
  目標は紅白出場で両親に恩返し


――本名とか生年月日とかはマズいんだっけ?
 「すみません、ビジュアル系なので、そのへんはちょっと…(苦笑)」

3歳から演歌の世界に

――3歳から演歌を?
 「歌ってましたね。北島三郎さんとか、細川たかしさんとか、吉幾三さんとか。小学校低学年の時に出たカラオケ大会で司会の大泉逸郎さんに褒められ、頭をなでられたことも。卒業文集にも『将来の夢は演歌歌手』って書いてました」
――高校からロックに。
 「X JAPANのYOSHIKIさんに憧れドラマーにはまって。家が裕福じゃなかったので最初は本物のドラムは買えず、練習はコロコロコミックを叩いてました」
 「高校卒業後いったんは地元の会社に就職。何年間?それを言うと年がバレるので(苦笑)」
――面倒なんだね、ビジュアル系って(苦笑)

上京してバンドを結成

 「それで×年後に上京。最初に組んだバンドはビジュアル系としてはそこそこ有名になり、海外公演もこなしてましたが、わけあって解散。目標を失いかけていた時、蘇ってきたのは演歌歌手になりたいという子どものころからの夢でした」
 「バンド時代もカラオケで歌うのはもっぱら演歌でした(笑)。でもバンドをやめていざ演歌一本でやってみると、これがなかなか難しくて」
 「もう一度ロックで頑張ろうと、今のバンドで活動してたら、リーダーが話の分かる人で『未練があるなら両方やれば?』と言ってくれて。以来、ロックと演歌の2足のワラジです」

15年に演歌デビュー

――デビュー曲の「まつぽい」って?
 「まぶしいという意味で、母親がよく『あ~、まつぽいちゃ~』なんて使ってました。でも河北町以外の人はあまり使わないみたいで(苦笑)」
――うちのスタッフに聞いても、村山市出身者しか分からなかった。
 「母も村山市の出身で。そうかあ、村山の言葉だったのか」
――結構ホロリとくる歌だよね。
 「歌詞に込めたのは両親や生まれ育った河北町での思い出。上京する時、山形駅のホームで母から金一封をもらって涙したのは本当の話です」

親思いのビジュアル系

 「やっぱり自分が今こうしていられるのは両親や地元のおかげだと思ってます。特に両親。昔は反抗したこともありましたが、離れて暮らしていることもあり、今は感謝の思いでいっぱいです」
――ビジュアル系なのに、いいヤツなんだね。