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《セピア色の風景帖》 第135回 旧五百川橋

2019年11月8日
 朝日町宮宿から最上川を越えて旧三中分校に向かうには赤い五百川橋を渡るが、そのすぐ北側には水色の旧五百川橋が姿をとどめている。旧橋は1927年(昭和2年)の竣工とされ、すでに100年近い歴史を有していることになる。橋に使われている鋼材には大正15年の表記がある。
《セピア色の風景帖》 第135回 旧五百川橋

 さらにさかのぼれば、明治期に木橋が架けられ、幾度となく洪水による流失が繰り返されたと聞く。鉄筋の旧橋はその後の無数の増水を乗り切ったが、67年(昭和42年)の「羽越水害」時は水位が旧橋の高さにまで達し、さすがに通行止めになったという。

 戦時中、召集令状が届いた町内の若者は旧橋を渡って出征し、終戦後は無事に帰還した面々を出迎える場所にもなった。冬期の出稼ぎに行く人々も旧橋を渡り上京した。
 その後に訪れるモータリーゼーション時代には大型トラックが重量物を積んで盛んに行き来していたが、83年(昭和58年)に新橋ができて以降は往来もめっきり減っている。

《セピア色の風景帖》 第135回 旧五百川橋

 隣の大江町では旧橋より新しい最上橋が土木遺産に指定されたが、旧橋もそれに並ぶ価値があると思われる。(F)