徹底して山形に密着したフリーペーパー

サービスカーエムズ(山形市)社長 田中 正樹さん

2019年8月23日
田中 正樹(たなか・まさき) 1969年(昭和44年)山形市生まれ。市立十小、三中、山形電波工業高(現在の創学館高)を経て中学生向け教材販売の信栄(栃木県足利市)入社。山形支店と仙台支店で全国トップのセールスマンとして活躍後、山形市の学習塾勤務を経て96年に中古車輸出を手がける「エムズ」を創業。これまでに中古車の国内販売を中心に民間車検場、緑ナンバーを取得しての貨物運送事業、レッカー・ロードサービス事業などに業容を拡大、業界ではカーサービス山形(山形市)に続く2番手グループの先頭を走る。50歳。
サービスカーエムズ(山形市)社長 田中 正樹さん

あれこれ難しいことを考えず
  ひたすら走り続けていきたい

――教材販売で実績を挙げてたってのが凄いな。

教材販売で全国トップに

 「お子さんが中学に入った家庭を一軒一軒たずね、3年分約30万円の教材を一括契約で販売する仕事でした」
 「高卒で飛び込んだ業界でしたが、全国に100拠点を展開する会社の中で実績は常にトップ。5年間いて最後は仙台支店で全国一若い支店長も務めました。年上の部下が50人ほどいたかな」
――見るからにそんな雰囲気で…(苦笑)
 「高校時代はそれなりにワルかったです(苦笑)。他校の生徒といざこざを起こしたり、ケンカに強くなろうと空手部に入ったり。ただスジは通していたつもりで、停学等をくらったことはないです(苦笑)。空手部では主将をやり、東北大会にも出場しました」

営業は天職

――根っから営業に向いてたんだろうな。
 「そうでしょうね。営業は天職だと思う。よく『お客様の喜ぶ顔が見たい』とか言いますが、それもあるけど、自分的には売り切った時の快感がたまらない。ハマってしまうんですよ」
――ケンカに勝つのと通じるところがあると。
 「それは何とも言えないですけど…(苦笑)」
――かつての悪童が今や押しも押されもせぬ…。

創業時は苦労も

 「創業した当初は苦労の連続でした。青田のアパートの一室でカミさんと従業員1人の3人でスタートしましたが、20歳代の半ばで、とにかくお金がなくて、かき集めても25万円(苦笑)。業界からも『生意気な若造』という目で見られ、商材の中古車を仕入れるのに悪戦苦闘しました」
 「ただ、いろいろ難しいことを考えない性分なのがよかったんでしょうね。がむしゃらにやっていくうちにお客様がつき、業界の中でも認められるようになって」
 「転機は山形ビッグウイングで定期的に開催される中古車販売のイベントに参加するようになった16年前。県内の中古車業者10数社が参加するイベントですが、当社の販売台数は常にトップクラス。品ぞろえ、品質、価格で負けないようにするのはもちろんですが」
――最後は売り切る営業力だと。
 「そうだと思います」

あえて目標はつくらず

――県内で業界2位集団まで登りついたわけだけど、今後の数字的な目標ってあるのかしら?
 「ないです。目標って達成したら終わりじゃないですか。それよりも、あれこれ考えず、ひたすら『キング』を目指して走り続けたいですね」
――分かりやすいというか、男なら一度やってみたい人生だよね。