徹底して山形に密着したフリーペーパー

おもてなし山形 社長 髙倉 正則さん

2019年7月12日
髙倉 正則(たかくら・まさのり) 1958年(昭和33年)山形市生まれ。山形東高定時制課程卒業後、77年に山形市役所へ。納税課を振り出しに教育委員会(公民館担当)、観光物産課、政策推進課、秘書課、広報課長、環境部長などを経て2017年に定年退職、同年、市文化振興事業団事務局長兼「山寺芭蕉記念館」館長、19年から現職。市都市振興公社理事長も兼ねる。61歳。
おもてなし山形 社長 髙倉 正則さん

広域観光で日本版DMOに
  醸成したい稼ぐ力と郷土愛

――「おもてなし山形」ってどんな組織?

観光客数増加が使命

 「山形、上山、天童の3市の魅力を融合させ、旅行商品の企画・販売を手がけるため2年前に設立された株式会社です。広域の観光関係者が一体になってインバウンド(訪日外国人)を含めた観光客数増加につなげるのが使命です」
 「文化的な視点も組み合わせ、稼ぐ力を引き出すとともに郷土愛も醸成していきたい。3月には観光庁の『日本版DMO』(観光地域づくり推進法人)に登録され、責任の重さも感じてます」

型破りな市役所職員

――それにしても長いつき合いだよね。
 「15年?秘書課や広報課が長かったから、市長や市政を取材する報道関係の人らにとっては窓口ったね」
――同じ年だし。
 「住んでるマンションも同じだったし」
――市役所職員としてはかなり型破りで(苦笑)
 「最初に配属になった納税課では収納率日本1を目指してしゃかりきに働いた。その後に市制100周年事業に携わり、民間の仲間と一緒に山形国際ドキュメンタリー映画祭や樹氷ライトアップを手がけたりもした」
 「『日本一の芋煮会』にも最初から参画していて、大鍋を河川敷に運ぶ方法で苦労したのも懐かしい思い出ったな」
 「〝お祭り屋〟が長かったけど、佐藤幸次郎市長時代に〝お〟が取れて〝まつり屋〟に。まつり(政)を担当する政策担当課に移り、『カジュアル・ウェンズデー』を提唱して注目を浴びた」

座右の銘・ムーンショット

 「市役所職員ってホラ、総じて優等生が多いじゃない。自分は優等生タイプとは真逆だから、失敗を恐れず新しいことに挑戦したのがたまたま〝当たった〟というところかなあ」
 「好きな言葉は『ムーンショット』。困難でも成功したら大きな成果が得られる意味ったね。何もしなければ死を待つばかり。いろんなジャンルで多くの人がムーンショットを打ち続けることが大切なのよ」

最後のご奉公?

――芭蕉記念館でも実績上げたしね。
 「1年しかいなかったけど、去年の入館者は5年ぶりに2万人に迫った。それまではもっぱら夏頼みで、冬は全然ダメだったけど、常設展示品にストーリーを持たせたりして冬を盛り上げたのが数字につながった」
――どんなポジションでも必ず結果を残すから重宝されるんだろうな。
 「便利屋ったな」
――で「おもてなし山形」だけど。
 「最後のご奉公と思って頑張りますよ(笑)」