徹底して山形に密着したフリーペーパー

介護雑誌「ほいづん」 編集発行人 伊藤 美代子 さん

2009年9月11日
伊藤 美代子(いとう・みよこ) 1948年(昭和23年)山形市生まれ。山形北高卒業後、73年に県内発行の月刊誌「婦人やまがた」の記者で就職、88年からは編集長を務める。経営悪化で2000年3月に同誌が廃刊になった後、同年5月に県内の介護事情や女性の社会参加をテーマにした月刊誌「ほいづん」を創刊。取材から営業までを1人でこなし、今年で10年目を迎える。
介護雑誌「ほいづん」 編集発行人 伊藤 美代子 さん

制度の矛盾を紡いで10年
  介護は老若男女に等しく——

 「いいですねえ、カメラマン同行なんて(笑)」
——そうか、伊藤さん、全部1人でやってるわけですもんね。
 
取材から営業を1人で

 「人を使うのって大変でしょ。気も使うし、お金だって使う。カメラは何も分からないまま以前の職場に入った時、絞りとかシャッタースピードとか見よう見まねで覚えました」
 「書くことだって文学少女じゃなかったから素人だったけど、もう30年以上この世界でやってますからね。営業も1人で地道に」
——「やまコミ」は4年目に入りましたけど、10年目って凄いですね。
 「前の職場が閉鎖になって何をしようかと考えた時、結局はこういうことをやるしか能がないって悟ったのね。お嫁に行く予定もないし(笑)。ちょうど廃刊の年に介護保険制度が始まり、私自身この制度がよく分からなかった」
 
介護保険導入が契機

 「それで介護の雑誌を始めようと周囲に話したら凄い反響があって。事前に地元のマスコミが取り上げてくれたんですけど、おかげで貰えるはずの失業保険がもらえなくなっちゃった。事業立ち上げが決まっている人はダメって(苦笑)」
——あ、ボクも同じ。山形の職安の人にそう言われて、慌てて「事業立ち上げなんてウソ、ウソ」って抗弁したんだけど、「いったん聞いちゃったからダメ」って。バカヤローって感じでしたけどね(苦笑) 
 「10年目を迎えてますけど、この間の変化は大きいですね。1番はバラ色だと思われた介護保険制度が3年ごとの改正の度にどんどん悪くなっていってること。その軋みや悲鳴を紙面で伝えてます」
 
10年前とは隔世の感

 「それに10年前は介護体験をおおっぴらに話すなんてタブー。身内の恥をさらすイメージでね。それもずいぶん変わってオープンになってきました」
——1人でやられてるのも驚きますけど、毎号、実名で介護記録を掲載してるでしょ、あれはスゴい。
 「創刊号から続けてて100人超になるけど、顔写真がなかったり匿名だったのは2件だけ。それだけ介護が普遍的なテーマということなんでしょうね」
 
自身も介護体験  

 「結局、介護って老若男女のすべてに降りかかってくる問題なわけね。私自身、3人姉妹の末っ子で介護とは無縁と思っていたのが、諸々の事情で母を介護し最期を看取りました。こういうのって『ダルマ落とし』っていうんですけど」
——ボクは両親も元気で姉もいるから介護って実はピンとこないんです。
 「『ダルマ落とし』が待ってるわよ(笑)」