徹底して山形に密着したフリーペーパー

桜桃の花 湯坊いちらく社長 佐藤 哲也さん

2017年12月8日
佐藤 哲也(さとう・てつや) 1958年(昭和33年)天童市生まれ。山形中央高から玉川大学農学部に進み、卒業後、総合案内所の東海予約センター(東京)に勤務。3年後に帰郷し、実家の天童温泉の旅館「一楽荘」へ。98年、41歳で3代目社長に就任。これまでの間、敷地内に地ビール工場を併設したり、山形市や首都圏で外食や飲食業に参入したりとユニークな経営で全国に知られる。59歳。
桜桃の花 湯坊いちらく社長 佐藤 哲也さん

大手には資本力で対抗できない
 それならチエを絞り総合力勝負

――そもそも地ビールを始めたのが?

飲食業も積極展開

 「社長になった翌年だから、1999年」
――ホテルキャッスルの地下で飲食店をオープンしたのが?
 「2004年だね」
――飲食業進出の件は前の会社でボクが記事にしたけど、その後に首都圏まで進出してたとは。
 「横浜にそば店を出したのは山形市に出店した2年後。東京の丸の内と浜松町にワインバルを出したのは震災の直後」
 「ただ、店舗拡大一辺倒かというとそうでもなくて、横浜のそば店は震災後、山形の店も昨年冬に撤退した。諸々(もろもろ)の事情があって、まあ、苦渋の決断だったけどね」
――でも、どうして外食にそこまでシフトを?

狙いは相乗効果

 「実家に戻った当初から、もう団体旅行の時代じゃないと思ったんだね。でも、うちは客室数52の中堅旅館。個人客に対応した設備投資も簡単にはできないし、まして他の旅館の買収なんて土台、無理。じゃあ、やれることから始めようと」
 「旅館業と飲食業って同じサービス業だから、似てるところも多いじゃない。だからまず地ビールを手がけて、それを足がかりに飲食業にアプローチしていったわけ。自社の地ビールを看板メニューにしてね」
 「やっていくうち、旅館業のノウハウが飲食業に活かせることもあるし、逆に飲食業の経験から旅館業が学ぶことが多いことも分かってきた」
――なるほど。
 「だけど、本業はあくまで天童温泉の旅館業。飲食業は世を忍ぶ仮の姿みたいな…(苦笑)。旅館業は常に設備投資を迫られる〝装置産業〟だから、飲食業で稼いだ利益をそれに充てるのが1番の狙いなんですよ」

インバウンドに活路

――最近、本業も頑張ってると聞いてますよ。
 「国内団体客は苦戦してるけど、インバウンド(訪日外国人観光客)は別。中国客はさほどではないけど、台湾や香港、シンガポールから山形に来る観光客は増えてるし、今後も増えるはず。だから当旅館でも台湾事務所を開設したんだ」

インド人もビックリ!

 「それ以上に期待しているのがインド。インドの人口は3年後には中国を抜いて世界1になる。幸いにもインドには十数年来の知己がいて、その縁で昨年、インドの大手旅行会社のオーナー4人が山形に来てくれた」
 「彼らはそばを堪能(たんのう)したり、サクランボ狩りを楽しんだり。『世界中をまわっているけど初めての経験』と喜んでくれたのが嬉しかったね」
――「インド人もビックリ!」ってやつね(苦笑)