徹底して山形に密着したフリーペーパー

清川屋(鶴岡市)社長 伊藤 秀樹さん

2017年11月24日
伊藤 秀樹(いとう・ひでき) 1956年(昭和31年)鶴岡市生まれ。酒田南高から学習院大経済学部に進み、卒業後、東京の文具店勤務を経て3年後に帰郷、実家の土産物店「清川屋」へ。97年から社長。この間、〝地元の食文化の発信〟をコンセプトに店舗網を拡大、現在は県内9店、仙台市で1店を展開するほか、子会社「茶勘製菓」を通じての自社生産や、「ネット清川屋」による通信販売も手がける特産品文化創造企業に育て上げた。61歳。
清川屋(鶴岡市)社長 伊藤 秀樹さん

素材と美味しさにこだわり
 6次産業化に貢献できれば

――清川屋さんは昨年が創業350周年とか。

かつて清河八郎の定宿

 「江戸時代初期に鶴岡で開業した旅籠がルーツです。幕末期は清河八郎の定宿(じょうやど)だったことで知られ、有名な〝魁(さき)がけて またさきがけん 死出の山 まよいはせまじ 皇(すめらぎ)の道〟という辞世の句も、実家には清河の自筆による書が残っています」
 「伊藤家は私が第13代。物心ついた昭和30年代は雑貨商に転換していて、徐々に土産物屋へと形を変えていきました」
 「転機は私が東京から戻った翌年、1984年にオープンした山形空港ターミナルビルへの出店。多店舗化の最初でしたが、当時は道路事情も悪く、それこそ東京に行くような感覚で」
――月山道は冬季夜間は通行止めでしたね。 

内陸部や仙台にも出店

 「父はどちらかといえば一店集中主義。私は庄内の食文化を広く発信し、地元の加工業者や農家に潤って欲しいという思いから多店舗化を目指した。苦労もありましたが、山形空港である程度の実績をあげたことでいろんな商業施設からお声がかかるようになって」
――17日に改装オープンしたエスパル山形にもお店がありますよね。
 「エスパルには93年の開業当初からテナントで入っています。山形市への初出店でしたが、あの時も苦労はありまして(苦笑)。具体的にですか?まあ、新参者なら誰もが経験するようなことですかね(苦笑)」
――でも山形、それに仙台でも実績を残して。
 「庄内から舞台を移しても、その土地土地で食文化には歴史があり、ストーリーがある。それを広く発信したいという企業理念は不変ですから」
――清川屋さんというとスイーツをつくってるイメージも。

自社製品にもこだわり

 「自社製造にも力を入れてますから。鶴岡・白山(しらやま)地区のだだちゃ豆を使った『だだっ子』『だだっパイ』『だだっ子プリン』なんかは子会社でつくってます」 
――通販も強いし。
 「過去には楽天市場のショップオブザイヤーやグルメ大賞などを受賞していますが、私はネット通販は店舗での販売を補完するものだという考え方。対面販売が商売の基本だし、インバウンド(訪日客)を呼び込むためにも店舗の魅力を高める努力は必要だと思う」

靴下は履いてます

――そういうのを聞くとホッとします(苦笑)
 「何年のお生まれで?」
――昭和32年です。
 「じゃあ同世代だ」
――石田純一さんに似てるって言われません?
 「かなり。靴下は履いてますけどね(笑)」