徹底して山形に密着したフリーペーパー

声楽家 池田 美保さん

2017年10月13日
池田 美保(いけだ・みほ) 宮崎県えびの市生まれ。3歳からピアノ、12歳から声楽をはじめ、宮崎女子高(現・宮崎学園高)音楽科を経てフェリス女学院大(横浜市)で声楽を学ぶ。声楽会の頂点を極めた芳野靖夫氏、故・畑中良輔氏らの指導を受け数多くのコンクールで入賞を果たす一方、音楽や料理など様々な分野で講演活動を行う。7月18日に105歳で亡くなった聖路加国際病院名誉院長の日野原重明氏のミュージックパートナーとして全国各地を公演した。学生時代に知り合った開業医のご主人と酒田市で暮らす。2女の母。44歳。
声楽家 池田 美保さん

大事にしてくださる方々に
  笑顔で恩返しをしていきたい

――幼少期からピアノと声楽って、裕福な家庭だったんでしょうね。

お嬢様育ち(?)

 「いえいえ。ただ何でもやらせてくれる環境ではありましたね」
――フェリスといえば白百合、東洋英和とともにお嬢様大学の御三家!
 「勉強はしませんでした(苦笑)。もっぱら料理学校に通って、あとは普通に合コンとか」
――ボクの大学時代も、フェリスの女の子なんて〝高根の花〟で。
 「合コンの相手?慶応が多かったですね」
――だもんなあ。
 「酒田出身で医大生だった主人と知り合ったのは大学1年の時の合コンでした」
――はいはい、勝手にしてください(苦笑)

26歳の時に山形に

 「山形と本格的なご縁ができたのは、主人の仕事の関係で東根に住むようになった1999年、26歳の時から。家事や育児のかたわら、東京に行ってコンサートやリサイタル活動をこなすといった生活でしたね。そんな生活は基本、酒田で暮らす今でも」
 「山形に来て感動したのは食べ物がおいしいこと、逆に戸惑ったのは、周囲の人が思ったことをストレートに表現しないところでしょうか。宮崎や首都圏の人なんかだとズバズバ言うので」
 「事を荒立てたくないという優しい県民性なんでしょうね。でも私は山形でもハッキリ言っちゃうから、誤解される時もあったりして、アハハ」
――ボクもハッキリ言っちゃいますね。

日野原先生の思い出

 「講演や対談などでご一緒させていただいた日野原先生との思い出は尽きません。最後にお会いしたのはお亡くなりになる2週間前。講演会でよく歌った『ふるさと』を私がピアノで弾くと喜んでくれました」
 「健啖家(けんたんか)でいらして、元気になったら一緒に天ぷらを食べに行く約束をしてたのに」
――池田さんも食には一家言をお持ちとか。
 「美容のことや健康のことを考えて素材にはこだわりたいですよね。声楽と食育がライフワークだと思っています」
――スリムだからダイエットも?
 「全然。1日3食しっかり。量的には男性より食べてるかも、ハハハ」

生き方は天真爛漫

――初めてお会いして、思ってたイメージと違うのでビックリ。
 「どんなイメージだったんですか?」
――計算高い、謎の美魔女みたいな(苦笑)。
 「アハハハ」
――実は気さくで、お嬢様が天真爛漫(てんしんらんまん)に振舞ってるだけなんだね。
 「裏表のない性格とはよく言われますね」