徹底して山形に密着したフリーペーパー

「肴や川合」(山形市) 店主 川合 朋幸さん

2017年1月13日
川合 朋幸(かわい・ともゆき) 1967年(昭和42年)に明治20年創業の鮮魚商の跡取りとして山形市に生まれる。市立2小、同3中を経て東海大山形高へ。高校時代は野球部に所属、マネージャーとして1985年(昭和60年)の夏の甲子園に出場、清原和博、桑田真澄を擁するPL学園に7-29という記録的大敗を喫した経験も。卒業後は仙台、札幌、静岡などの和食店で修業を積み、27歳の時に鮮魚商から和食料理店「肴や川合」に業態転換していた実家にUターン。現在は店主として人気店を切り盛りしている。49歳。
「肴や川合」(山形市) 店主 川合 朋幸さん

和食料理店も面白いけど
  昔ながらの「魚屋」がやりたい

――何度かお邪魔してますけど、明治創業の魚屋さんがルーツだとは。

記憶に残る祖父母の姿

 「もともとは上山市狸森(むじなもり)が発祥で、本格的に魚屋を始めたのは今の山形市上町に移ってからと聞いてます。店の前の道路(県道山形白鷹線)は昔は『狐越街道(きつねごえかいどう)』と呼ばれ、街道沿いはそれは賑わっていたとか。ボクの子ども時代もバスが走ってた記憶があります」
 「あと祖父がリヤカーで行商に出かけ、祖母が店で魚を売っていたのを覚えてます。そのうちに親父が2階で宴会場をやり始め、それが今の商売につながっていくのかな。ボクがUターンで戻った時は魚屋は辞めて完全に料理屋になってましたね」
――今はおしゃれな和風モダンの店で。
 「以前からの店が15年前、もらい火で全焼しちゃったんですよ。それで全面的に建て替えて今の造りに。50人まで入れる大広間、個室、カウンターと小上がりという構成で、収容できるのは約70人。店としては大きい方ですが、ボクら夫婦とアルバイト数人でまわしてます」
――目立たない場所にあるのに、人気だよね。

宴会減り、女性客増える

 「口コミやリピーターのお客様に支えられてます。ただ時代とともに宴会は減ってますね。代わって増えているのは女性客。それだけに盛り付けを工夫したり、量を減らして種類を増やしたり」
 「ただ女性はお酒をさほど召し上がらないケースが多く、商売的にはうまみが少ないかも(苦笑)」
――女性客をはじめ、移り気な消費者ニーズに対応するために…。

繁盛店仲間で勉強会

 「山形市内の飲食店で同年代の仲間たちと『山形味酒覧倶楽部(ミシュランクラブ)』という勉強会を組織してます。中心メンバーはボクと、串揚げの『串幸』、和食の『橋本屋』、寿司の『いしやま』、ワインバーの『エノテーカ』の各オーナーら。30代後半から40代前半の仲間たちで、最年長のボクが会長をやってます」
――みんな女性に人気の繁盛店ばっかり!
 「定期的に集まって、飲んで食べて、情報を交換し合って。はたからは『連るんでるだけ』とみえるでしょうけど(苦笑)」
――今後の展開って?

130年続くDNA

 「実は昔ながらの魚屋がやりたいんですよ」
――エー!今の人気店をたたんで?
 「料理屋も面白いけど、それ以上になくなりつつある『まちの魚屋』を復活させたい。対面販売で『今日のお勧めはこの魚』『この魚にはこの料理法で』といった具合に、料理屋で培ったノウハウをいかして」
 「祖父母がやってた商売が懐かしいのかな。130年続くDNAは、料理屋じゃなく魚屋ということなんでしょうかね(笑)」