徹底して山形に密着したフリーペーパー

きらやか銀行硬式野球部 監督 大向 誠 さん

2016年6月24日
大向 誠(おおむかい・まこと) 1971年(昭和46年)青森県八戸市生まれ。秋田経済法科大(現ノースアジア大)卒業後、山形しあわせ銀(現きらやか銀)入行。同行野球部で主力選手として活躍、07年から監督。6月8日、第87回都市対抗野球第2次予選東北大会を制し、1952年(昭和27年)の創部以来初めて、県勢としては66年ぶりの本大会出場を決める。45歳。
きらやか銀行硬式野球部 監督 大向 誠 さん

都市対抗で66年ぶり本大会へ
  強豪相手にひるむことなく

――やりましたね!

クラブチームも経験

 「その瞬間は歓喜の渦。ボクも、粟野学頭取もナインに胴上げされて(涙で)グジャグジャになってました(笑)」
 「きらやか銀が旧山形しあわせ銀と旧殖産銀との合併で誕生したのが2007年。合併10周年を来年に控え、期待に応えられたことが嬉しい」
 「合併直後の2年間はクラブチーム降格も経験しました。合併に伴う混乱で野球どころじゃなかったんでしょうが、資金援助もなく、メンバーも抜けていった。1番苦しかったのはあの時。当時のメンバーがボクを含め3人いて『我々がいる間に本大会にいこう!』と誓い合ってました」
――「ルーズヴェルト・ゲーム」じゃないけど、社会人野球って大変な時代なんですよね。
 「廃部や休部、クラブチームへの降格が全国的に広がってます。かつて200以上あった企業チームは現在は85。東北でもNTT東北、JT、カメイ、ヨークベニマル、岩手銀行、秋田銀行などの野球部が姿を消し、今では8チームだけです」

山形唯一の企業チーム

――山形だと?
 「うちだけです」
――それでも本大会の壁は厚かった?
 「だって、残ってるチームの親会社ってJR、トヨタ、日本製紙、TDK…。どこも経営は磐石で、日本経済を動かしている企業ばっかり。練習環境や練習時間だってほとんどプロ野球並みですから」  
――きらやか銀行だって日本経済を動かして…、ないか(苦笑)
 「地域密着型の銀行ですから。専用の室内練習場もナイター設備もないし、練習だって日々の銀行業務をこなしながら。それでも職場の仲間に支えられ、11年と13年はあと1勝のところまでこぎつけました」
――泣けるなあ。

感じていた手ごたえ

 「実は今年、手ごたえは感じていたんですよ。節目の年に向けて粟野頭取から『銀行のシンボルになって欲しい』と励まされ、何度か県外にも遠征に行かせてもらって、強豪とも互角に渡り合ってきましたから」
 「だから今年のスローガンとして掲げたのが『集大成』。東北大会を振り返ると、最後の決め手になったのはチーム力ですかね」
――本大会に向けての抱負をお願いします。

一つでも多く勝ちたい

 「東京ドームではひとつでも多く勝ちたい。全32チーム中、初出場はうちだけで、他は常連でムチャムチャ強いところばかり。初戦は出場50回目の強豪・パナソニック(大阪府)ですが、ぶつかっていくだけです」