徹底して山形に密着したフリーペーパー

プロレスラー 本間 朋晃 選手

2016年2月12日
本間 朋晃(ほんま・ともあき) 1976年(昭和51年)東根市生まれ。東根工業卒業後、上京してアニマル浜口ジムに入門。みちのく、大日本、全日本と渡り歩き、現在はフリーの立場で新日本に参加。2014年夏から日本テレビの朝の情報番組「スッキリ!!」のコーナーにゲスト出演するようになり、独特のしゃがれ声から「ハスキー本間」と呼ばれ全国的に人気急上昇。プロレスの得意技はコーナーポスト最上段からのダイビング・ヘッドバット「こけし」で、この技を使う際は会場からこけしコールが沸き起こる。39歳。
プロレスラー 本間 朋晃 選手

人気もタイトルも遅咲き
  夢は持ち続けることが大切

――最近、プロレスファン以外からも凄い人気なんですね。

TVで全国区の人気に

 「テレビに出してもらえるようになってからですかねえ。真壁刀義選手の『スイーツ真壁の東京スイーツマッチ』のコーナーにゲストで呼ばれるようになって」
 「ラリアットで声帯をやられて声がこんな(しゃがれ声)でしょ。それに試合ではヒール(悪役)のイメージだから、それらとのギャップが受けてるんでしょうか」
――スイーツ、お好きなんですか?
 「大好きで、特にケーキ。だけどダイエットしてるので実際に食べるのは番組の中だけなんですけど(苦笑)」  
――小さいころからプロレスラー志望で?

プロレスラーが夢

 「夢でした。特に憧れてたのは武藤敬司さん。小さかったころは武藤さん、蝶野正洋さん、橋本真也さんの『闘魂三銃士』が全盛時代でした」
――でも高校時代は写真部だったとか(苦笑)
 「東根工はレスリングも強豪高でしたが、プロレス好きが高じて写真で追っかける方にいってしまって…(苦笑)。レスリングなり柔道なりをやっていれば手っ取り早かったんでしょうけど」
 「高2の時に新日本のテストを受けたんですが、当然、不合格。卒業後にアニマル浜口ジムに入門して身体づくりから始め、レスラー人生をスタートさせました」
――スイーツで思わぬ脚光を浴び、本業でも日が当たるようになって…。

ビックタイトルも獲得

 「昨年12月にプロレス大賞技能賞をいただいて、今年1月には東京ドームでの試合に勝ってIWGPタッグのチャンピオンにも。試合では『こけし』も決めました」
――琴奨菊関もですけど、遅咲きですよねえ。
 「19年目ですからねえ、遅咲きも遅咲き。だけどボクはずっとプロレスラーになりたかった。だから子どもたちに言いたいのは、夢は必ず叶うものじゃないけど、夢は持たないとつまらない、夢を持ち続けることに意味があるんだと」
 「それを伝えるためにも会場に足を運んで欲しい。やっぱり生の試合の迫力は違いますから」
――山形にはよく?
 
理想は山形の女性

 「試合で年3回ぐらいで、個人的には年に1回あるかないか。実家は東根で酒屋をやってます」
――独身だとうかがいましたが。
 「さしあたって(結婚の)予定はないです。理想のタイプですか?山形の女性のように、おしとやかな人がいいなあ。山形に帰ってくるとつくづくそう思いますね」