徹底して山形に密着したフリーペーパー

東北楽天ゴールデンイーグルス 栗原 健太 選手

2016年1月8日
栗原 健太(くりはら・けんた) 1982年(昭和57年)1月8日天童市生まれ。山口小、天童二中を経て日大山形高2年の夏に4番三塁で甲子園出場。99年のドラフト会議で3位指名を受け広島に入団。2006年から4年連続で20本塁打以上を放つなど4番として活躍、09年にはワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では日本代表として優勝メンバーにも。1軍通算成績は打率2割9分3厘、586打点、153本塁打。昨年、16年間を過ごした広島を退団、楽天へ。右投げ右打ち、183センチ、97キロ、34歳。
東北楽天ゴールデンイーグルス 栗原 健太 選手

必要とされてる時に逃げず
  不必要とされた時に別れを

――背番号が広島時代の「5」から「0」になりました。

チャンスに打ちたい

 「1桁の番号をいただいて喜んでます。同時にすごく期待されていることも感じています」
 「個人的に『0』は元巨人の川相(昌弘・現巨人3軍監督)さんのように職人的なイメージですが、自分に求められているのは長打力でしょうし、チャンスに1本が打てる存在になりたい」
 「広島を退団して文字通りゼロからのスタート。楽天の印象ですか?交流戦とかで戦った感じとしてはしぶとくて、やりにくい相手でしたね」
――一般的な山形の人にとって栗原選手といえば「広島の主砲」で、それが退団と聞いて「何で?」と思う人が大半でしょうね。

ケガに苦しんだ2年

 「右肘故障でここ2年は1軍出場がありませんでした。それでも昨年夏以降は状態もよく、やれる自信はあった。だけど若返りの方針や外国人選手との兼ね合いもあって2軍でも代打での起用が多かったんですよ」
 「育ててくれた広島には感謝してます。ただプロである以上、活躍の場を与えられないとどうしようもない」
 「ブログにも思いを綴りましたが、必要とされてる時に逃げず、不必要とされた時に別れを告げたかった」
――ブログ読みました。泣けたなあ。
 「2011年に他球団に移籍できるフリーエージェント(FA)権を取得た時、悩んだ末、行使せずに広島残留を選びました。メジャーに憧れた時期もありました」
――広島で育った主力選手のほとんどがFA権を使って他球団やメジャーに移籍してるのに…。

新天地を求めて

 「自由契約で広島を退団し、どこからも声が掛からなかったら引退も考えました。だけど楽天の秋季キャンプに参加して必要だと言ってくれて」
――16年ぶりの地元はどうですか?
 「声援が温かいですね。1軍で活躍している姿をファンの人たちにお見せしますので、スタジアムに足を運んでください」
 「ガンガン打って広島を見返してやりたいという思いもあります。それが広島への恩返しにもなりますから」

スタミナ源はカルビ!

――ご実家が焼肉屋さんなんですね。
 「とりあえず肉だけは食べられる環境で育ちました。週に5回は食べてたかな(苦笑)。今でも寿司より焼肉です」
 「好きな部位はカルビ。僕の歳になると周りはハラミとかにいきがちなんですけど、僕はまだまだカルビですね(笑)」