徹底して山形に密着したフリーペーパー

東北萬国社 社長 本郷 和枝 さん

2015年12月25日
本郷 和枝(ほんごう・かずえ) 1938年(昭和13年)宮城県石巻市生まれ。宮城学院女子短大(仙台市、現在の宮城学院女子大)を卒業して1後、21歳の時に仙台市のコーヒー卸会社に勤務していた前社長の故・富也氏と結婚。22歳で出産、直後の60年12月に富也氏と山形市でコーヒー卸会社の東北萬国社を創業し、専務に。2004年社長就任。山形商工会議所女性会会長などを歴任したほか、現在も県関税会女性部会長、やまがた宮城県人会会長、やまがた特命観光・つや姫大使などを務める。77歳。
東北萬国社 社長 本郷 和枝 さん

おかげさまで創業55周年
  今後も品質を追及していきます

――創業55周年だと伺(うかが)いました。

見ず知らずの地で創業

 「忘れもしない昭和35年12月22日、生後3カ月の長女を抱いて初めて山形の土を踏みました。雪がしんしんと降る寒い日でしたね。亡くなった主人とその日に七日町で会社を立ち上げました」
――ご出身の石巻って雪、降らないんですか?
 「降らないわよ。短大時代と直前までいた仙台もほとんど」
――七日町の創業の地は今のどのあたり?
 「2丁目。今もあるボルドー(注・老舗のバー)さんの北隣ね。そこに3年ほどいて、その後に本町2丁目の今の三浦人形店さんのところに移って。そこでは5年ほどやって、それから現在の大野目に」
――この間、ご苦労もあったんでしょうね。
 「(遠くを見やりながら)それはもうねえ、親戚や友人が誰もいない山形で事業と生活を始めたわけだから…。子どもが熱を出しても病院も分からなければタクシーに乗るお金もない」
 「仕事の苦労より生活の苦労だったなあ。とにかく言葉で表せないくらい大変だったですよ」
――でも会社の方は順調に業績を伸ばされて。

皆さんに支えられ

 「皆さんに支えられました。創業当時はコーヒーが1杯30円の時代。ラーメンも30円でしたかね。今はなくなったけど、山形市には『みどり』『ぶるー』『幸(さち)』なんて喫茶店がいっぱいあってね、そうしたところにコーヒー豆を卸してました。本町の直営喫茶『ら・めーる』も山形大学に通う学生さんたちがサロンのように使ってくれて」
 「卸以外に丸久(注・現在のセブンプラザ)さんや酒田の清水屋(同マリーン5清水屋)さんに直営店を出したのも弾みになったかしらね」

ソフトで東北No.1!

――ソフトクリームも凄いんだとか。
 「地域に根ざした食材を使った『ご当地ソフト』を展開しています。安全・安心がモットーで、ソフトクリームのシェアは東北ナンバーワンなんですよ」
――コーヒーの方ではスタバやコメダなんかが進出してきてますけど。
 「影響はありますよ。得意先の喫茶店の売上高が落ちれば卸部門の売り上げは減るわけだし、当社の小売部門も競争にさらされるわけだし」

歴史にドロは塗れない

 「対策は品質の追求しかない。豆を厳選して良質なコーヒーを提供していくことが私どもの使命。価格競争に巻き込まれて質を落とせば、これまでの歴史にドロを塗ることになりますからね」