徹底して山形に密着したフリーペーパー

新日鉄住金鹿島 横山 雄哉投手

2014年11月28日
横山 雄哉(よこやま・ゆうや) 1994年(平成6年)中山町出身。長崎小2年から野球を始め、中山中を経て山形中央高へ。1年春からベンチ入りし、2年の春夏にエースとして2度甲子園に出場するも、いずれも初戦敗退。3年時にプロ志望届を提出するもドラフト指名されず、新日鉄住金鹿島へ。3年目の今年は最速147キロの直球を武器にエースとして活躍、11月の21U(21歳以下)ワールドカップ日本代表にも選ばれ、日本の準優勝にも貢献。10月23日のドラフト会議で阪神が1位指名。183センチ、85キロ。左投左打。20歳。
新日鉄住金鹿島 横山 雄哉投手

好きな言葉は「強い夢は叶う」
   将来はメジャーも目指したい

――ドラフトの日は?
 「なかなか名前が呼ばれないので焦りましたが、最後の最後で阪神から指名をいただいて。ビックリしたというか、ホッとしたというか」

挫折、幾千度(いくちた)び

――3年前は悔しい思いをした。
 「ひとつの挫折でした。でも、あれがあったから社会人3年間で成長できた。いま思えばいい経験だったと思います」
 「高校の卒業式の時、お世話になった庄司(秀幸)監督に『3年後が本当の恩返し』と書いたボールをお渡ししていて、あの時の約束が実現できたことが嬉しい」
――高校時代と社会人時代を振り返って。
 「高校時代は甲子園のマウンドは踏みましたが、結果が出せず2度とも挫折を味わいました」
 「『上には上がいる』という思いを抱いて社会人に進みましたが、1年目はレベルの高さについていけず、投げられない日が続きました。あれも挫折でしたね」
――なんか、若いのに挫折が多いよね(苦笑)
 「そうっすね(苦笑)。それで2年目から制球力をつけるため投げ込みを増やしたり、速球の威力アップのため筋力トレーニングに励んだりして、3年目にやっとチームの柱になれました」

ファンが熱い阪神

――阪神の印象は?
 「全球団中、1番ファンが熱いと聞いてます。結果を出せば喜んでくれる反面、逆だと叩かれるとか。ファンもですが、メディアの数も多くて」
――希望の背番号とか?
 「特にないですけど、噂では15か18のどっちかだろうって」

契約金、1億円超!?

――いい番号を用意してるんだあ。契約金は?
 「提示はまだですが、阪神から2位指名された同僚の石崎剛投手は7000万円だそうです」
――なら1億円超!?
 「……(微笑)」 
――入団後の目標を。
 「自分の好きな言葉『強い夢は叶う』を胸に、さらに高みを目指していきたい。日本を代表する投手、メジャーでも活躍できる投手になりたいです」

プレーで山形に恩返し

 「18歳まで山形で育ったことが自分のベース。挫折続きの自分だってドラフト1位になれたんだから、後輩たちには夢を追い続けて欲しい」
 「山形の温かい人たちには本当に感謝しています。遠い関西の地に行きますが、これからはプレーで恩返しできればと思いますので、応援よろしくお願いします」

 今回のインタビューに登場してくれた阪神のドラフト1位、新日鉄住金鹿島の横山雄哉投手。物心ついた時から熱狂的な虎キチという本紙編集長と意気投合、ゆる~い話題でも盛り上がりました。
2014年11月28日