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<荒井幸博のシネマつれづれ> 高倉健さんを偲ぶ

2014年11月28日
ユーモアと大雅量と

 日本映画界のトップスター、高倉健さんが亡くなった。

<荒井幸博のシネマつれづれ> 高倉健さんを偲ぶ

 不肖・荒井は「八甲田山」「幸福の黄色いハンカチ」「野生の証明」からファンになり、さかのぼって出世作「日本侠客伝」「昭和残侠伝」「網走番外地」シリーズをビデオで観た世代。健さんの謦咳(けいがい)に接することは叶わなかったが、親炙(しんしゃ)している田中邦衛さんから数多くの健さんとの思い出話をうかがっている。
 邦衛さんは30本以上の作品で健さんと共演、2歳上の健さんを兄事(けいじ)していた。邦衛さんが語ってくれた健さんとは――。

 「網走番外地」での一シーン。刑務所の更衣室で邦衛さんが健さんに「早いとこシャバに出て、稼いで稼いで稼ぎまくったろうやないけ」と語りかけると、健さんは口を尖らせ、目尻を両手で下げて邦衛さんの台詞をオウム返し。
 このシーンは健さんのアドリブだったようで、今では多くの人がやる邦衛さんのものまねのパイオニアは健さんだったのかも知れない。
 「居酒屋兆治」では健さんと邦衛さんが小競り合いの末、邦衛さんが健さんの後頭部を引っ叩くシーンがあるが、こちらは邦衛さんのアドリブ。健さんは怒るどころか思わず笑ってしまっている。言われて改めて見れば微笑ましいシーンだ。
 このほか、健さんからもらった高級腕時計を撮影現場で失くしてしまった邦衛さん。健さんに謝ったのはもちろんだが、後日、現場スタッフがその時計をしていることを発見!。そのことを健さんに告げると「そいつも欲しかったんだろうからくれてやれ」と別の腕時計をもらったとか。
 「高倉健」と印字されたその腕時計を邦衛さんは今でも大切に身につけている。

 年老いた兄弟が10数年ぶりの再開を果たす「ストレイト・ストーリー」(1999年)のような映画で健さんと邦衛さんに共演してもらいたいと切望していただけに、それが叶わなくなったことが残念でならない。


<荒井幸博のシネマつれづれ> 高倉健さんを偲ぶ
荒井幸博(あらい・ゆきひろ)

1957年、山形市生まれ。シネマパーソナリティーとして多くのメディアで活躍、映画ファンのすそ野拡大に奮闘中。現在FM山形で「荒井幸博のシネマアライヴ」(金曜夜15時)を担当。