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《セピア色の風景帖》 第六十九回 旧漆山駅舎

2014年3月28日
 山形市漆山はかつては紅花の産地として知られた。戦後になると紅花の生産は衰え、昭和シェル石油や住友セメントが進出したのに伴い、漆山駅は石油とセメントの物資基地としての貨物駅の様相を呈した。
《セピア色の風景帖》 第六十九回 旧漆山駅舎

 昭和の終わりには国鉄漆山駅からJR漆山駅に名称が変わり、看板も架け替えられた。このころは有人駅だったが、平成17年ごろには合理化のために無人駅になり、窓口も閉鎖されてしまった。
 駅舎そのものは平屋の地味な建物だった。平成21年に現在の建物に刷新されるまで一部改築はあったものの、基本的には明治35年の開業当時のたたずまいを残していた。
    

《セピア色の風景帖》 第六十九回 旧漆山駅舎
 刷新が決まった当時、駅舎がどれだけ稀少な建造物かということに思いを至らせる人は少なかったようだが、国の重要文化財に指定されている緑町の旧山形師範学校本館がほぼ同時代に建てられたことを考えると、その歴史的価値の大きさが分かる。
 旧山形師範が大切に保存されているのとは対照的に、交通機関という性質から百年を優に超える漆山駅の木造の建物は弊履(へいり)のように捨てられてしまった。(F)