徹底して山形に密着したフリーペーパー

モンテディオ山形 監督 石﨑 信弘さん

2014年1月10日
石﨑 信弘(いしざき・のぶひろ) 1958年(昭和33年)広島市生まれ。広島工高、東京農大、東芝でDFとしてプレー。95~98年にNEC山形(後のモンテディオ山形)を率いて監督人生をスタート、以後J2最多の372試合で指揮をとり、最多の192勝を挙げる。2006年に柏、11年には札幌のJ1昇格を果たし「昇格請負人」の称号も。昨年は中国・杭州緑城U-18の監督を務めた。55歳。
モンテディオ山形 監督 石﨑 信弘さん

「覚悟」の応援をよろしく
   必ずJ1に昇格させます

――モンテ初代監督が16年ぶりに復帰ですね。

監督人生は山形から

 「初めて監督になったのが山形。当時は今と違ってこんな立派なクラブハウスや練習場はなく、いろんな施設を借りてやってました。道具やスタッフも足りず文字通り『ないないづくし』で」
 「観客もあのころはせいぜい2000人。しかも当時はバックスタンドに観客が入れなかったのでボクの目の前はゼロ。今は平均7000人?昔と比べると十分のように感じるけど、経営のことを考えればもっと欲しいところでしょうね」
 「そんな逆境下で知恵を絞りながら監督人生を歩み出したことがボクのベースになってます」
――経歴を拝見するとホント百戦錬磨で。

選手育成には定評

 「J2の監督が長いというだけのこと。もっと優秀ならJ1のステージでやってますよ(笑)」
――選手育成には定評があると伺いました。 
 「監督をやるようになって今年で20年ですが、いろんなチームで選手を育ててきたという思いはあります。鍛えれば間違いなく上手くなる」
 「他の監督では芽が出ずにボクの下で活躍するケースも。筆頭は柏時代の李忠成(元日本代表)で、ボクと出会わなければ今の彼はないじゃろうね」
――お、広島弁ですね。
 「直そうという気がないから(笑)」

楽しみな選手が多い

――今のチームは?
 「昨季の戦いをビデオで観ましたが、攻撃的だけどあまりに失点が多い。個人のイージーミスだったり戦術的なものだったり。まずこのあたりを改善していかないと」
 「あと面白い選手がいるなと。例えば中島(裕希選手)や山﨑(雅人選手)。伊東(俊選手)も得点感覚が優れていて『こんな選手がいたのか』と驚いたほど」
――今季の目標を。
 「もちろんJ1昇格。ボクらは頑張るから、あとはサポートさえ後押ししてくれれば昇格は見えてくると思います」
――頼もしいなあ。

サポーターと一体で

 「だからサポーターには『覚悟を持って頑張ろう』と言いたい。この『覚悟』がポイント。意味ですか?途中で諦めるなということ(笑)」
 「勝てなくなると途端にやいのやいの言い出すんじゃなく、腰を据えて応援してJ1昇格を見届けてくれと。昇格できなかったとすれば、それはワシだけの責任じゃなくサポーターの責任でもあるんじゃから(大笑)」