徹底して山形に密着したフリーペーパー

<荒井幸博のシネマつれづれ> おしん

2013年10月11日
光る冨樫監督の演出力
<荒井幸博のシネマつれづれ> おしん

 庄内を中心に山形県内で撮影した映画「おしん」が10月12日から公開される。

 メガホンを執ったのは鶴岡市出身の冨樫森監督。1983~84年にNHK連続テレビ小説として放送された橋田壽賀子原作の同名ドラマは平均視聴率52・6%を記録し、一大ブームを巻き起こした。映画化にはかなりのプレッシャーがあったかと思いきや、冨樫監督には「この題材を1番面白く撮れるのは自分」という自負があったとか。完成した映画はそうした思い入れを十分に感じさせてくれる作品に仕上がっている。 
 映画の冒頭、激しい地吹雪の中におしんの姿が浮かび上がる。おしんは前を見据え、しっかりとした足取りで歩を進めていく。おしんを演じるのは2500人の中からオーディションで選ばれた濱田ここね(9歳)。本格的な演技の経験はないが、このシーンで心を射抜かれ、物語に没入してしまう。

 冨樫監督は子役の演出には定評がある。「冨樫は俺の最後の弟子」と公言していたのは故・相米慎二監督。相米監督は子役や若手俳優を演出するのに長けた監督で、薬師丸ひろ子、尾美としのり、永瀬正敏、斉藤由貴、工藤夕貴など、相米監督に鍛えられた俳優は枚挙にいとまがない。
 冨樫監督は立教大学在学中に相米監督の「セーラー服と機関銃」(81年)に出会い、この監督の下で働きたいと漠然と思うようになる。卒業後の83年、映画の現場で助監督として働くようになるが、ようやく相米監督の下に入れたのは中学生の群像劇「台風クラブ」(85年)から。
 これが冨樫監督の転機になる。子役にきちんとした演技指導ができるということは演出能力が高いことの証左でもある。
 祖母なかが危篤という知らせを受け、おしんが加賀屋から駆けつけた場面での濱田は、その表情だけですべてを物語って見せる。冨樫監督は、濱田ここねを名子役どころか立派な女優に育て上げていた。


<荒井幸博のシネマつれづれ> おしん
荒井幸博(あらい・ゆきひろ)

1957年、山形市生まれ。シネマパーソナリティーとして多くのメディアで活躍、映画ファンのすそ野拡大に奮闘中。現在FM山形で「荒井幸博のシネマアライヴ」(金曜夜15時)を担当。