徹底して山形に密着したフリーペーパー

<荒井幸博のシネマつれづれ> ヤン・ヨンヒ監督「かぞくのくに」

2012年12月14日
家族の絆が胸を打つ

 1970年代前半、在日コリアンのソンホは総連幹部だった父の勧めに従い、当時「理想郷」とされた北朝鮮に渡った。現地で結婚し子どもも生まれたが、日本にいる両親や妹との再会は果たせないままだった。
 それから25年。ソンホは脳腫瘍(のうしゅよう)を患い、治療のため3カ月だけの日本滞在が許される。久々の再会に家族は温かく迎え入れるが、担当医からは3カ月では治療は不可能と告げられ、滞在延長を申請しようとした矢先、本国から「明日帰国せよ」という命令が下る。

<荒井幸博のシネマつれづれ> ヤン・ヨンヒ監督「かぞくのくに」

引き裂かれた運命

 本作は在日コリアン2世の女性監督ヤン・ヨンヒ氏自身の実体験を基にしたフィクションで、ドキュメンタリー映画「ディア・ピョンヤン」(2006)、「愛しきソナ」(11)に続いて北朝鮮と日本に暮らす自身の家族の境遇を3たび題材にした。先日、キャンペーンで山形を訪れたヤン監督に話を伺う。
 「前2作のドキュメンタリー映画は自分の家族にカメラを向けたが、カメラの前では語れないこともあり限界があった。もっと本当のところを伝えたくて劇映画にした」
 「ソンホ役の井浦新さんや私の分身ともいえる妹リエ役の安藤サクラさん、それに津嘉山正種(つかやま まさね)さん、宮崎美子さんらの演技は素晴らしく、私の家族がそこにいると思ったほど」
 劇中で唄われるビリーバンバンの「白いブランコ」の甘く切ない詞とメロディが効果的。すれ違いながらも愛情にあふれる家族の姿が胸を打つ。第85回アカデミー賞外国語映画賞の日本代表作品に選ばれた。
 
山形ファンのヤン監督

 ヤン監督は 「ディア・ピョンヤン」により「山形国際ドキュメンタリー映画祭2005」アジア千波万波部門特別賞を受賞しているが、それ以前も10年間で5回も同映画祭に足を運んでいるとか。「山形は私を育ててくれたような街で大好き」と美しい笑顔で語ってくれた。


<荒井幸博のシネマつれづれ> ヤン・ヨンヒ監督「かぞくのくに」
荒井幸博(あらい・ゆきひろ)

1957年、山形市生まれ。シネマパーソナリティーとして多くのメディアで活躍、映画ファンのすそ野拡大に奮闘中。現在FM山形で「荒井幸博のシネマアライヴ」(金曜夜8時)を担当。