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《セピア色の風景帖》 第五十一回 旧山形市立第六小学校

2012年8月24日
 平成九年に取り壊された旧第六小学校はアールデコ様式の格調高い建物だった。とかく四角四面の造りが多い小学校にあって六小は他を圧する威容(いよう)を示し、平成になっても存在感を見せつけていた。
《セピア色の風景帖》 第五十一回 旧山形市立第六小学校

 昭和八年に竣工したという六小は建設当時、木造にするか鉄筋コンクリートにするかで議論があったと聞く。地元業者は自分たちの技術で施工可能な木造にして欲しいと要望したが、関東大震災の教訓をいかそうと、紛糾(ふんきゅう)の末に鉄筋造りになったとのことであった。

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 戦争後の一時期、アメリカ軍に接収されていたという話も子どもたちの間では有名だった。校舎南端の階段代わりの緩い傾斜路は三階まで続いており、真偽のほどは不明だが、接収中にアメリカ軍のジープが上り下りしていたという話も聞いた覚えがある。
 各所に丸みをたたえたた褐色の校舎は文化財としての価値も感じさせる建造物であったが、実用校舎としての性格上、取り壊しは免(まぬが)れなかった。旧校舎を残せない代わりにせめてもの記念として校舎写真集が刊行されたとのことであったが、残念ながらいまだに目にする機会に恵まれずにいる。(F)