徹底して山形に密着したフリーペーパー

おしん生家保存会 会長 鈴木 光雄さん

2012年5月25日
鈴木 光雄(すずき・みつお) 1937年(昭和12年)中山町生まれ。山形中央高卒業後、豊田農協(現在の山形農協)へ。92年、購買課長を最後に55歳で同農協を退職。83年のNHK朝の連続テレビ小説「おしん」の撮影に使われた中山町岩谷地区の民家を修復しようと2001年に保存会を結成。会長に。75歳。
おしん生家保存会 会長 鈴木 光雄さん

手弁当で保存活動10年
  移築には寂しさと安堵感――

――いろんな保存会があるもんだと(苦笑)
 「岩谷地区のあの家は昭和46年まで人が住んでたんだけど、その人もいなくなり、55年に岩谷地区は無人になったの。ロケに使われたのはその3年後だね」

老朽化を見るに忍びず

 「最初は関心なかったっけの。だけど長いこと誰も手を入れないもんだからボロボロになってきて、20年前に本当に倒れそうになったのよ。『おしん』は海外でも人気だし、これは保存した方かいいんねかと思って」
 「それで修繕を町にかけあったんだけど、予算がつかないって断られて、じゃあ自分たちでやるしかないと」
――資金は?
 「町民110人集めて東京のクイズ番組に出演し、獲得した賞金が940万円。これに募金を足して修繕費に充てたっけの。それで保存会を結成し、『おしん』の脚本を書いた橋田寿賀子さんには名誉会長を引き受けてもらいました」

観光スポットを夢見て

――なんかドラマチックな話ですね。
 「修繕した後も毎年の手入れは欠かさず。周囲の掃除や草刈りはもちろん、大変なのは冬場の雪囲いや屋根に登っての雪下ろし。それでもメンバーがボランティアでやってくれた」
 「それもこれも生家を観光スポットにしたかったからなのよね。いろんな合宿に使ったり、日本の原風景を感じてもらったりして、子孫に伝える文化としても残したかった。だから町には駐車場やトイレの整備もお願いしてたんだけどね」

町は動いてくれず

――町は動いてくれなかったんですか?
 「おしんは実在の人物じゃなく、観光資源としては無理があるって。どういうもんだか熱がないんだよねえ」
――10年も手弁当でやられてたんですね。
 「メンバーも高齢化が進んで、かつての14人が今では7人です」
――さっき屋根が崩落した悲惨な生家を見てきましたけど、みなさん限界だったわけですね。
 「そうだね。去年は雪下ろしもできなかった」
 
ご苦労様でした

――ようやく県が動いてくれて、庄内映画村への移築が決まりました。
 「寂しいような、肩の荷が下りてホッとしたような(苦笑)」
――保存会も解散ですか?
 「すぐってわけじゃないけんど、あっち(庄内映画村)での様子を見定めてからかな」