徹底して山形に密着したフリーペーパー

山形県宅地建物取引業協会会長 日向 孝吉さん

2012年3月23日
日向 孝吉(ひなた・こうきち) 1946年(昭和21年)鶴岡市藤島町生まれ。地元の大学を卒業後、71年に庄内ミサワホーム入社。80年、不動産業の栄地建(酒田市)の設立に参画して専務、96年社長に就任。2000年から山形県宅建協会会長、08年からは全国宅建協会副会長も務める。08年11月黄綬褒章受章。65歳。
山形県宅地建物取引業協会会長 日向 孝吉さん

避難者に安心の住居を提供
  サービス精神で助け合い――

――お初にお目にかかりますけど、山形の不動産屋さんのドンだとうかがっております。
 
業界たばねて12年!

 「宅建協会の会長は平成12年から6期12年。その前の人たちは2~3期が多かったから、長いことは長いの」
――長期政権のコツとかあるんですか?
 「虚勢を張らないこと、命令しないこと、責任をとること」
 
3200件を避難者に

――震災で県内に自主避難している人が1万3000人います。
 「不安を抱いて県内に逃れてきた人たちに安心して暮らせる住居を提供するのが我々の責務。行政と連絡を取り合いながら、これまで約3400件の賃貸住宅申し込みに対して3200件を仲介してきました」
 「避難者への物件紹介で潤っているようにみられがちだけど、我々の仲介手数料は通常1カ月分のところが一律2万円。大家にしたって敷金と礼金はもらえてなくて、まあ、業界全体で避難者を支援してるわけだね」
――トラブルとかってあります?
 「最初のころは福島から来たって聞いただけで放射能漏れを心配する人もいたらしいね」
――でもガレキ受け入れもそうですけど、他府県に比べて差別的な人って少ないと思いますよ。
 「隣の県だし、困った時は助け合わないとの」
 
不動産業はサービス業

――あれ、見た目コワそうですけど、意外に優しい人だったりして。
 「…(苦笑)。確かに昔は不動産屋っていうとヤクザっぽいイメージだったね。私も若いころは悪さばっかりで、いっそヤクザになるかって思ってたぐらいで、ハハハ」
 「でも業界はこの10年で大きく変わった。前なら物件を右から左へ流していればよかったけど、人口減少や少子高齢化で仕事が減り、サービスを心がけないと生きていけなくなってきたんだね」
 「だから大事なのは消費者第一主義。不動産業は消費者の目線に合わせたサービス業でないと」
 
前科はありません

――なるほど。でもお言葉返すようですけど、堅気(かたぎ)の人は縦縞のそういう背広ってふつう選ばないような気が…(苦笑)
 「これ? ユニフォームみたいなもんよ」
――それにその左手に輝く金の時計…。
 「これ? ロレックス」
――…(苦笑)。でも黄綬褒章(おうじゅほうしょう)なんかも受章されてるんですね。
 「だから、あれは前科があると貰えないのよ」